「すみません、それうちの駐車場なんですけど」
昼休みに一度帰宅したとき、また知らない車が停まっていた。
運転席に近づいて声をかけると、女性は慌てた顔で言った。
「えっ、あ!間違えました!」
……またそれ?
最初は、本当に“間違い”だと思っていた。
でも違う。
一度じゃない。二度でもない。
ほぼ毎日。
隣の家はネイルサロン。
予約制で、お客さんが入れ替わり立ち替わり来る。
そして、その“何人か”が必ずうちの駐車場に停める。
しかも、聞くとみんな同じことを言う。
「同じ家だと思ってました」
——いやいや。
玄関も違う。建物も区切られてる。
駐車場も完全に分かれてる。
どう見ても“同じ家”じゃない。
ある日、我慢できずに少し踏み込んで聞いた。
「ここに停めて、隣に行くんですか?」
女性は一瞬言葉に詰まり、目を逸らした。
「……空いてたので」
その瞬間、確信した。
これ、“間違い”じゃない。
“空いてるから使った”だけ。
しかも思い出した。
以前、隣の家が工事をしたとき。
私が仕事でいない間に、業者の車がうちに停められていた。
後から菓子折りを持ってきて、「すみませんでした」と。
——いや、違うでしょ。
普通、先に言うよね?
その時は流した。
でも今思えば——
あの時点で、境界線は崩されていた。
それからというもの、私は気になって仕方がなくなった。
「昼間、うちの駐車場どうなってるんだろう」
そしてある日。
私はわざと、昼に帰る時間をずらした。
“現場”を見たかったから。
家の前に差し掛かった瞬間。
視界に入った光景で、全てが繋がった。
見知らぬ車。
うちの駐車場に、堂々と停まっている。
そして——
隣のサロンから出てきた女性が、何の迷いもなくその車に向かって歩いていく。
……やっぱりな。
私は車から降り、その場で声をかけた。
「その車、うちの駐車場ですよね?」
女性は一瞬固まり、すぐに言った。
「え、あ…間違えて…」
その言葉を、最後まで言わせなかった。
「“空いてたから”ですよね?」
空気が止まった。
女性は完全に言葉を失った。
そのまま、私はスマホを取り出した。
「これ、全部記録してるので」
実はその日までに、何度か写真を撮っていた。
ナンバーも、時間も。
“たまたま”じゃない証拠。
そして、そのまま隣のサロンへ。
ドアを開けると、店主が出てきた。
「すみません、お話いいですか?」
状況を説明すると、最初は驚いた顔をしていた。
「えっ…そんなことは…」
でも私は、静かにスマホの画面を見せた。
同じ車。
別の日。
別の客。
すべて、うちの駐車場。
店主の顔色が、ゆっくり変わっていった。
「……もしかして、“空いてたら使っていい”って伝えてませんか?」
数秒の沈黙。
そして、小さくうなずいた。
「……少しだけなら、大丈夫かなと……」
——やっぱり。
その瞬間、完全にスイッチが入った。
「ここ、私有地です」
「無断駐車が続いています」
「これ以上続くなら、警察と法的対応を取ります」
声は静かだったけど、もう一切引かなかった。
店主は何度も頭を下げた。
その日のうちに、
・駐車場は1台のみ使用可・近隣への駐車禁止
の貼り紙が出された。
さらに後日、正式に謝罪にも来た。
それ以来——
うちの駐車場に、知らない車が停まることは一度もない。
最初から、強く言えばよかったのかもしれない。
でも一つだけ、はっきり分かった。
“何も言わない優しさ”は、ただの“使われる余白”になる。
境界線を守るのは、相手じゃない。
自分だ。