朝九時半。
店を開ける前に、いつもの月極駐車場へ向かった。
店の近くに借りている、自分たち専用の区画。
毎月きっちり駐車場代を払い、何番に停めるかも決まっている。
だから、そこへ車を入れてから店へ行く。
いつもの流れだった。
……のに。
角を曲がった瞬間、私は思わず足を止めた。
うちの区画に、知らないベンツのミニバンが堂々と停まっていた。
黒くて大きい。
存在感だけは一流。
でも、そこはあなたのステージではない。
「いやいやいや……誰やねん……」
朝の空気が、一気に濁った。
ナンバーを見ても、車種を見ても、まったく心当たりがない。
当然、こちらの車は停められない。
店の準備もある。
開店時間も迫っている。
なのに、私は駐車場で見知らぬベンツとにらめっこしていた。
なかなかシュールな朝だ。
まず警察に電話した。
状況を説明すると、近くの交番から向かわせます、とのことだった。
少し安心した。
が、しばらくして再び電話。
「近くの交番に警察官がいないため、別の交番から向かいます。少し時間がかかります」
朝からミッションが増えた。
無断駐車の処理に、警察官の位置情報まで把握することになるとは思わなかった。
その間に管理会社にも電話した。
「契約区画に知らない車が停まっています」
すると、基本的には警察へ連絡してもらうしかない、との返事。
「もう連絡しています」と伝えると、管理会社の方は少し考えてから言った。
「〇〇番が空いていますので、とりあえずそちらに停めていただいて大丈夫です」
これは本当に助かった。
私はありがたく別の空き区画へ一時的に停めさせてもらった。
ただ、その時点で店の開店準備は押していた。
シャッターを開ける手も、いつもより雑になる。
掃除をしながらも、頭の中はベンツでいっぱいだった。
お客様のために借りているわけでもない。
自分たちのために契約している場所。
そこを勝手に使われたせいで、こっちが警察に電話し、管理会社に電話し、店の開店まで遅れる。
無断駐車というのは、ただ車を置くだけではない。
人の予定まで勝手に踏んでいく。
十一時前、警察から電話が来た。
車の持ち主と連絡が取れたらしい。
理由は「間違えて停めていた」とのこと。
私は思わず天井を見た。
間違い。
便利な言葉だ。
財布を間違えて持ってきた、くらいなら分かる。
傘を間違えて持って帰った、もまあ分かる。
でも、他人の契約区画にベンツのミニバンを一台丸ごと停める間違いは、なかなか豪快だ。
昼前に確認しに行くと、その車はもう移動していた。
ようやく本来の場所が空いていた。
私は一時的に停めていた車を動かし、自分が契約している区画へ入れ直した。
やっと元通り。
これで一件落着。
そう思っていた。
甘かった。
閉店後。
疲れた体で駐車場へ戻った私は、フロントガラスの紙を見て固まった。
白い紙。
赤い文字。
そこには、はっきりと「警告」と書かれていた。
「ここは月極駐車場です」
「皆様ご契約ご利用頂いております」
「ナンバーを控えさせていただきました」
「再度、駐車を発見した場合は警察に通報した上で移動する場合があります」
私は数秒、意味が分からなかった。
いや、分かる。
書いてある日本語は分かる。
でも、状況が分からない。
ここ、うちが契約している場所なんですけど。
毎月お金払ってるんですけど。
朝から知らないベンツに勝手に停められて、警察と管理会社に連絡したの、こっちなんですけど。
そして最終的に、契約者である私の車に警告文。
どんな伏線回収だ。
私は紙を持ったまま、駐車場で笑ってしまった。
怒りを通り越すと、人は笑う。
しかも、ちょっと乾いた笑いになる。
もしかして、契約車両の車種やナンバーを確認せずに貼ったのだろうか。
朝の無断駐車車両と、夕方に正しく停めた契約車両。
そこがごちゃ混ぜになったのか。
だとしても、雑すぎる。
こちらは朝から被害者として動いていた。
なのに最後は、加害者の席に座らされている。
ドラマなら脚本家に文句を言う展開だ。
紙には「警察に通報」とある。
いや、それ朝に私がもうやりました。
「移動する場合があります」とある。
いや、朝に移動してほしかったのはベンツです。
私は車の前で深呼吸した。
月極駐車場とは、月ごとに契約する場所だと思っていた。
まさか、月ごとに理不尽もセットでついてくるとは聞いていない。
朝は知らない車に場所を奪われる。
昼は警察と管理会社に確認する。
夜は自分の契約区画に停めて警告される。
一日で駐車場トラブルのフルコースを味わった気分だった。
明日、管理会社に確認する。
もちろん冷静に。
できるだけ穏やかに。
ただし一つだけ、はっきり聞きたい。
うちの契約区画にうちの車を停めるには、次から誰の許可が必要なんですか。