優先席に座ってたのは、人じゃない。三つの28インチのスーツケースだった。
日本の電車。優先席エリアに、大きい箱が横・縦・斜めに積まれて、さらに背負いバッグまで上乗せ。座席も通路も、ほぼ“荷物の要塞”。持ち主は奥でスマホ、耳だけ塞いで、世界から切り離された顔をしてた。
正直、最初は見て見ぬふりした。疲れてたし、揉めたくないし、「そのうち降りるだろ」って自分に言い聞かせた。
でも次の駅で、杖代わりの傘をついた人が乗ってきた瞬間、胸の奥がザワっとした。
優先席に向かおうとして…止まる。
通れない。行けない。荷物が道を塞いでる。
小さく「すみません」と言っても反応なし。二度目の「すみません」でやっと顔を上げたと思ったら――舌打ち。
そして睨みつけ。さらに、足を少し伸ばして隙間を狭くする。
わざと?って思った。
その人は遠慮して、跨ぐようにして通ろうとした。
次の瞬間、バッグの紐に足が引っ掛かって、靴が脱げた。
転ばなかったのが奇跡。でも、靴が床を滑る音が、やけに大きく聞こえた。
ここで終わりなら「不運」で済む。
でも終わらなかった。
持ち主が靴を見て、目を合わせて――笑った。
その瞬間、私の中で何かが切り替わった。
まず靴を拾って渡して、「大丈夫ですか」と声をかける。深呼吸。
それから、できるだけ落ち着いた声で言った。
「ここ優先席です。荷物で通路を塞ぐのは危ないです。必要な人が座れないので、どけてもらえますか」
相手は「は?」って顔。聞こえてないふり。次に不機嫌そうにもう一度、舌打ち。
でも今回は、私ひとりじゃなかった。
隣の人が「今の見ましたよね」と言い、反対側から「危ないよ」と声が飛ぶ。
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