「すみません、ちょっと…大変なことになってます」
土曜の午前、別店舗を回っていた私のスマホに、焦った声が飛び込んできた。
電話の向こうは、作業場にいるスタッフ。
普段は落ち着いている子なのに、明らかに声が震えている。
「大家さんが来て……車を、カーポートに停めて……そのまま帰っちゃいました」
一瞬、意味が分からなかった。
「……え?誰の車?」
「だから、大家さんのです。『2〜3日は帰らないから』って言って……」
嫌な予感がした。
急いで現場に戻ると、すぐに目に飛び込んできた。
カーポートのど真ん中に、堂々と停められた一台の車。
見慣れたナンバー。
——間違いない。大家だ。
そこは、ただの駐車スペースじゃない。
うちの作業場だ。
しかもそのカーポートは——
約150万円かけて、こちらの負担で解体・新設したもの。
契約時、きちんと許可も取り、書面にも残している。
スタッフが近づいてきた。
「すみません…何度も説明したんですけど、全然聞いてくれなくて……」
聞けば、こう言われたらしい。
「ここは貸した覚えはない」
「俺が使いたいときに使う場所だ」
——いやいやいや。
「契約書に書いてありますよね」と伝えても、
「細かいこと言うな」
「こっちは大家だぞ」
と、高圧的な態度。
その場にいたスタッフは、完全に押されてしまったらしい。
その時、頭に浮かんだのは——昨日の出来事だった。
店の水道管が漏水していた。
しかも場所は、建物内部。
明らかに経年劣化。
こちらの使い方の問題ではない。
すぐに管理会社に連絡し、現場検証も済ませた。
修理費は、かなり高額になる見込み。
そして、その翌日。
このタイミングで、無断駐車。
——偶然なわけがない。
完全に“嫌がらせ”だった。
しかも今日は土曜日。
一番忙しい日だ。
作業場が使えないだけで、仕事が止まる。
「すみません、本日少しお時間いただいて…」
お客様への対応も、いつも通りいかない。
スタッフの顔にも、明らかな疲労が出ていた。
その光景を見た瞬間、迷いは消えた。
私はすぐに大家に電話をかけた。
「今すぐ車、移動していただけますか?」
すると、返ってきたのは——
「無理だな。2〜3日は戻らないって言っただろ?」
一瞬、耳を疑った。
「ここ、うちの作業スペースです。
営業に支障が出ています」
「大げさだな」
——プツン。
その一言で、完全にスイッチが入った。
私はその場で電話を切り、迷わず110番した。
「営業中の店舗の作業スペースに、無断で車を置かれていて、業務が止まっています」
数分後。
パトカーが到着した。
近所の視線が集まる中、警察官が状況を確認する。
私は契約書をその場で見せた。
「こちらに記載があります。駐車場およびカーポートは借主の専有使用」
「オーナーの無断立ち入りは禁止されています」
警察官は静かに頷いた。
そして大家に連絡。
しばらくして、大家が戻ってきた。
さっきまでの余裕とは違う、少し苛立った顔で。
「なんで警察なんて呼ぶんだよ」
私は一歩も引かなかった。
「業務が止まっているので」
警察官が間に入る。
「この場所は借主の使用権が認められています。無断での駐車はトラブルになります」
大家は不機嫌そうに言い返す。
「俺の土地だぞ?」
その瞬間、警察官がはっきり言った。
「所有と使用は別です。契約が優先されます」
空気が変わった。
完全に、流れが逆転した。
数秒の沈黙。
そして大家は何も言わず、車に乗り込んだ。
ゆっくりと、カーポートから出ていく。
あれだけ強気だった人間が、何も言えずに。
その背中を見ながら、私は初めて深く息を吐いた。
その後、管理会社を通じて正式に抗議。
今回の件は記録として残し、再発時は法的措置を取る旨を通達。
漏水の修理費も、契約通り大家側の負担で進むことになった。
結局——
「大家だから何をしてもいい」は通用しなかった。
むしろ逆だった。
ルールを無視した側が、最後に追い込まれた。
もしあの時、我慢していたら。
きっと今も同じことが続いていた。
立場じゃない。
守るべきものを守った側が、最後に勝つ。