朝9時、東海道新幹線。
席に腰を下ろした瞬間でした。
「かんぱーーい!!」
耳の奥がビリッと震えるほどの大声。次の瞬間、開けたばかりの缶ビールの泡がふわっと跳ねて、私の袖口に飛んできました。白いシャツに、しゅわっと薄いシミ。思わず息をのみ、反射的に袖を払いました。
隣には、私の息子。まだ小学生で、今日は祖母の家へ向かう途中でした。朝早く家を出て、やっと座れて、これから少し眠れるかもしれない。そう思った矢先の出来事です。
声の主は、通路を挟んだ向かい側の席。
スーツ姿のサラリーマンが6人。年齢は30代後半から50代くらい。ネクタイを緩め、紙袋から次々と缶を取り出しては「朝から最高だな!」と笑い合っていました。
ここは居酒屋ではありません。まして朝9時の新幹線です。
しかし彼らは止まりませんでした。乾杯のたびに声が跳ね上がり、笑い声が車両に反響し、テーブルを叩く音がドン、と響く。
息子がびくっと肩をすくめ、私の手を握り直しました。
「うるさいね……」
その小さな声が、胸に刺さりました。
私は息子に「大丈夫だよ」と言いながら、内心では焦りと苛立ちが膨らんでいました。子ども連れの移動は、ただでさえ気を遣うものです。こちらは静かにしているのに、なぜあちらは好き放題なのか。なぜ“公共”が通じないのか。
周囲を見渡すと、皆、同じ顔をしていました。
スマホに視線を落とし、イヤホンを深く差し込み、見ないふりをする人。眉間にしわを寄せながらも、声には出せない人。高齢の男性は目を閉じたまま、堪えるように呼吸を整えていました。
誰も言えない。言えば面倒になる。
その空気が、はっきりと車両を覆っていました。
彼らはさらに勢いづきます。
「部長、今日こそ休みっすよ!」
「東京着いたら仕事?知らねえ知らねえ!」
「もう一杯いっちゃう?」
缶を開ける音が、やけに大きく聞こえる。
テーブルの上には、早くも空き缶が並び始めました。笑い声が重なるたび、息子の体が小さく強張っていくのが分かりました。
このまま我慢し続けるべきなのか。
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