「ここ、ちゃんと詰めて停めてください!」
振り向いた瞬間、思わず笑いそうになった。
——って、うちの敷地なんですけど?
買い物から帰ってきて、荷物を降ろすために自宅の駐車場に斜めに停めただけだった。
ここは我が家の敷地内。普段はきちんと4台停められる広さがある。でもその日はすぐまた出かける予定だったから、数分だけのつもりで斜めに停めた。
そこへ、近所の人気飲食店の客らしき老夫婦が車で入ってきた。
開口一番が、さっきの命令口調。
「ちゃんと詰めて停めてください!私たち停められないでしょ?」
は?
「ここ、うちの敷地なんですけど」
そう言うと、じいさんの眉がピクリと動いた。
「食事するまで停めさせてくれてもいいじゃない!」
ばあさんは助手席からさっさと降りて、何事もなかったかのように店の列へ向かう。
ちょっと待て。
頼み方ってものがあるでしょう?
普段なら、穏やかにお願いされたら数分くらい融通することもあった。
でも命令口調で、しかも逆ギレ気味に言われたら話は別だ。
私はそのままエンジンを切った。
「出かけるの、やめました」
じいさんは顔を真っ赤にして車を降りてきた。
「意地悪だな!」
そしてなんと、私の車の目の前にギリギリで路上駐車して、車を離れた。
……あ、やったな。
私は迷わずスマホを取り出した。
「はい、無断駐車と違法路駐の件で」
警察に状況を説明。私有地であること、進路を塞がれていること。
数分後、パトカー到着。
戻ってきたじいさんは青ざめた。
警察官が淡々と確認する。
「こちらは私有地ですね?」
「はい。登記もあります」
「無断で駐車しようとした?」
私は頷く。
さらに、路駐についても注意が入る。
じいさんはしどろもどろ。
「ちょっと食事するだけで…」
警察官の声は冷静だった。
「許可がない限り、他人の敷地は使えません」
そこへ、飲食店の店長らしき人物が慌てて出てきた。
「すみません!うちのお客様がご迷惑を…」
どうやら通報を聞きつけたらしい。
私ははっきり言った。
「何度も同じことが起きています。
管理してください」
店長は深く頭を下げた。
じいさんも、ついに小さな声で言った。
「…すみませんでした」
さっきまでの威勢はどこへやら。
私は最後に一言だけ。
「ここはうちの敷地です。停めさせる義務はありません」
警察の指示で路駐は即移動。
じいさんは灰色の背中を丸めて車を動かした。
その日のうちに私は、駐車場にカラーコーンとロープを設置した。
さらに「無断駐車通報します」の看板も追加。
翌週、同じ店の客が入口で迷っていたが、誰も入ってこなかった。
私は玄関先から静かに見ていた。
優しさは、お願いされたときに初めて生まれる。
強要された瞬間、それは消える。
我慢しないと決めた日から、世界は少しだけ静かになった。
最後に、あの老夫婦の車が通り過ぎた。
目は合わなかった。
でももう十分だ。
ここはうちの敷地。
優しさは義務じゃない。