「その荷物、予約してますか?」
車内に響く自分の声が、思ったよりも震えていた。
私は車椅子の祖父を押しながら、新幹線の最後列へ向かっていた。
祖父は足が悪い。長距離移動は体力を削る。
だからこそ私は、事前に“特大荷物スペース付き座席”を予約した。
追加料金も払った。
予約確認メールも何度も見直した。
それなのに。
そのスペースには、巨大なキャリーバッグが三つ、堂々と置かれていた。
床には大きく「要予約」と書いてある。
見えないはずがない。
私はもう一度聞いた。
「どなたの荷物ですか?」
近くに立っていた外国人観光客らしき男性が目を逸らす。
女性はスマホを見たまま。
やっと一人が顔を上げて言った。
「ちょっとだけだから」
は?
「こちら、予約しています。祖父が使うので移動していただけますか?」
すると男性が肩をすくめる。
「知らなかった。空いてるじゃん」
空いてない。
予約されている。
祖父は後ろで静かに待っている。
長く立っているのがつらいのは分かっている。
私は深呼吸した。
「車掌さんを呼びます」
男性は鼻で笑った。
「好きにすれば?」
その言い方に、胸の奥が熱くなった。
私は車掌を呼んだ。
事情を説明し、予約画面を見せた。
車掌は穏やかな声で車内に確認した。
「こちらの特大荷物スペースは予約制です。該当のお客様、至急お荷物を移動してください」
車内が静まる。
数秒後、さきほどの男性が手を挙げた。
「知らなかっただけ」
車掌は淡々と答える。
「床に明記されています。ご移動をお願いします」
男性は不満げにキャリーを動かし始めた。
その瞬間だった。
「ちょっと待って」
別の女性が口を挟んだ。
「この中、割れ物入ってるの。もし壊れたらあなたが払ってくれる?」
今度は私に矛先が向いた。
「動かせって言ったのあなたでしょ?」
意味が分からない。
私は静かに言った。
「移動をお願いしたのは車掌さんです。予約スペースなので」
女性はさらに言う。
「壊れたら責任取れるの?」
私は一瞬も迷わなかった。
「警察を呼びましょうか?」
空気が止まった。
「ルール違反の占有が原因で破損した場合、どちらに責任があるか、正式に判断してもらいましょう」
車掌も真顔になる。
「これ以上のトラブルは警察対応になります」
女性は言葉を失った。
周囲の視線が一斉に集まる。
祖父は静かに私を見ている。
私は続けた。
「予約して使う人がいるから、この制度があります。守らない方が“被害者”になることはありません」
キャリーは完全に移動された。
車掌は相手の座席番号を控え、注意を記録した。
女性は小さく舌打ちをし、座席へ戻った。
さっきまで強気だった人が、今は目も合わせない。
私は車椅子をゆっくりと押し、予約スペースに祖父を収めた。
ぴったりと収まるその位置。
祖父が小さく言った。
「よく言ったな」
私は笑った。
数年前なら、きっと黙っていた。
「仕方ない」と自分に言い聞かせていた。
でも今日は違う。
守るべきものがあった。
そして、守るべきルールがあった。
私は最後にだけ言った。
「予約は、守る人のためにあります」
車内は静かだった。
恥をかいたのは、私たちじゃない。
その日、新幹線の一角で、
“ルールは飾りじゃない”と、はっきり証明された。