「勝手に触るなよ?壊れたらどうすんだよ!」
そう怒鳴られたのは、私のほうだった。
でも、その前に言わせてほしい。
そこ、私が予約した大型荷物スペースなんですけど?
帰省ラッシュの新幹線。ベビーカーと大荷物を抱えて、やっと乗り込んだ。
子どもはすでにぐずり気味。早くベビーカーを固定して落ち着かせたかった。
だから事前にちゃんと予約していた。
——大型荷物スペース。
なのに。
そこには、巨大スーツケースが3つ、ぎゅうぎゅうに押し込まれていた。
は?
一瞬フリーズした。
周囲を見渡す。
誰も困っていない顔。
誰も「すみません」と言わない。
つまり——無断。
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
私は無言で一つ持ち上げ、通路にポン。
二つ目、ポン。
三つ目も、ポン。
全部、通路へ。
ガンッ、と音が響く。
車内がざわつく。
でも——
誰も名乗り出ない。
え?持ち主いないの?
通路に置かれたままのスーツケース。
子どもが泣き出した。
私は急いでベビーカーを所定位置に固定し、子どもを抱き上げる。
その間も、持ち主は現れない。
夫が小声で言った。
「一応、車掌さん呼んだほうがいいかも」
私は正直、「知らんがな」の気持ちだった。
でも夫は冷静だった。
「不審荷物扱いになったら止まる可能性あるよ」
確かに。
通路に巨大荷物3つ。
安全確認レベル。
夫が車掌を探しに行った。
数分後、車掌が到着。
状況説明。
その直後——
ようやく現れた。
「ちょっと!何勝手に荷物出してんの?」
スーツケースの持ち主、登場。
強気の声。
「ここ空いてただろ?」
私は予約メールを提示。
「事前予約しています」
車掌が確認。
「大型荷物スペースは予約制です」
持ち主の顔が曇る。
でもすぐに反撃。
「いやでも、箱さっき投げただろ?壊れてたら弁償な?」
出た。
そのカード。
私は静かに言った。
「まず、ここは私の予約スペースです」
車掌も続けた。
「規則上、予約者優先です」
さらに。
「通路に放置されると安全確認対象になります」
持ち主、明らかに焦る。
「……いや、でも箱に傷ついてたらどうすんだよ」
車掌がその場でスーツケースを確認。
「目立った破損は見当たりません」
つまり。
壊れてない。
持ち主の“弁償しろ”作戦、終了。
私はそこで、はっきり言った。
「お金はいりません」
車掌と持ち主が同時に私を見る。
「ただ、予約スペースを無断で使って、子どもがいるのに通路を塞いで、さらに弁償請求までされたこと——その場で謝ってください」
静まり返るデッキ。
周囲の乗客の視線が集まる。
持ち主は一瞬口を開きかけて、閉じた。
そして、渋々。
「……すみませんでした」
小さい声。
私は聞こえなかったふりをした。
「もう一度お願いします」
車掌が静かに促す。
「……すみませんでした」
今度ははっきり。
それでいい。
罰金もいらない。
損害賠償もいらない。
ただ。
自分が間違っていたと、ちゃんと認めろ。
車掌が最後に言った。
「今後は必ず予約制度をご確認ください」
持ち主は荷物を抱え、指定席へ戻った。
車内は何事もなかったように動き出す。
子どもは私の腕の中で眠り始めた。
私は窓の外を見ながら思った。
正直、最初に荷物をポイポイしたのは衝動だった。
でも。
予約して、ルール守って、子ども抱えて必死に移動してる側が、なぜ遠慮しなきゃいけない?
「早い者勝ち」じゃない。
公共交通は「ルール勝ち」。
触るなって言われた。
でも、触らなきゃ何も動かなかった。
そして最後に謝ったのは、私じゃない。
ちゃんと詰めれば、ちゃんと引き下がる。
母は、意外と強い。
少なくとも——
ベビーカーのスペースくらいは、守る。