600メートルは、タクシーに乗る距離じゃないんですか?
駅から実家まで約600m。
普段なら歩ける距離です。
でもその日は、足の悪い母と一緒でした。
寒く、路面も濡れていて、無理をさせたくなかった。
だからタクシーを選びました。
平和交通の車に乗り込み、行き先を伝えた瞬間。
空気が変わりました。
返事がない。
聞こえていないのかと思い、もう一度言いました。
それでも無言。
母が小さな声で
「次の角を右です」
と言っても返事なし。
私が
「その辺でお願いします」
と言っても、何も返さない。
聞こえていないわけではない。
ちゃんと曲がるし、ちゃんと止まる。
つまり——
聞こえている。
でも返さない。
理由は明らかでした。
600m。
いわゆる1メーター。
到着して、初めて口を開いた言葉が、
「500円。」
それだけ。
ありがとうございましたもない。
目も合わせない。
その瞬間、はっきり理解しました。
距離で態度を変えている。
母は何も言いませんでした。
でも私は、母が遠慮しているのを感じました。
「短くて申し訳ない」とでも思わせる空気。
それが一番腹立たしかった。
私は普段、揉め事を避ける人間です。
その場で怒鳴ることもしません。
でも、その日は違いました。
財布からお金を出す前に、
私はスマートフォンを取り出しました。
そして、録音ボタンを押しました。
静かに言いました。
「平和交通さんですよね。
短距離だと、こういう対応になるんですか?」
その瞬間です。
運転手の表情が変わりました。
「いや、そんなことは……」
初めて、まともな声が返ってきました。
さっきまで一切なかった“会話”が、突然始まった。
つまり。
態度は変えられるということです。
私は続けました。
「600mでも、500円でも、正規の運賃です。
無言で不満を示される理由はありません。」
声は荒げていません。
でも、はっきり言いました。
運転手は小さく
「すみません」
とだけ言いました。
私は500円を払い、車を降りました。
勝った気分ではありません。
でも、黙らなかった自分には納得しています。
600mは短いかもしれません。
でも、客としての尊重まで短くしていい理由にはならない。
短距離が嫌なら、その仕事は向いていない。
沈黙で圧をかけるのはプロの態度ではない。
私は大げさに騒ぎたいわけではありません。
ただ、あの無言の数分間と、
「500円。」の冷たい響きが忘れられなかった。
そして分かったことがあります。
態度を崩したのは、距離ではなく、
“見られている”という事実でした。
サービスとは何か。
プロとは何か。
600mの距離が、それをはっきりさせました。