あと3日で、この職場とも終わり。
やっと、という気持ちの方が大きかった。
同じ事務の先輩女性。
仕事は振るだけ振って、自分ではやらない。
ミスが出れば知らない顔。
でも表ではうまく立ち回って、評価だけはしっかり取る。
私はそのフォローに回ることが多かった。
最初は「仕方ない」と思っていた。
誰かがやらないと回らないし、現場が止まるのが一番困るから。
気づけば、自分の仕事よりも
他人の尻拭いの方が多くなっていた。
それでも全部、残していた。
業務の流れ。
細かい注意点。
トラブルが起きた時の対処。
同じことを何度も聞かれないように。
次にやる人が困らないように。
積み重ねて、12年分。
でもある日、上から言われた。
「後任は採用しないから」
その一言で、全部がどうでもよくなった。
ああ、そういう扱いなんだなと。
そこから3ヶ月かけて、全部消した。
データも、メモも、紙も。
フォルダごと削除して、何も残さなかった。
誰にも言わずに、静かに。
それでいいと思った。
どうせ、誰も見ていなかったから。
そして今日。
その人が、いつも通りの顔で近づいてきた。
『たいへん厚かましいお願いなんだけど…
手順書、もらえないかなと思って…』
一瞬、言葉が出なかった。
でもすぐに分かった。
ああ、困るんだ。
今まで私に投げていた分が、全部自分に返ってくるから。
私は少しだけ間を置いた。
『手順書?』
『うん、あの…メモでもいいから…』
声が少しだけ弱くなっていた。
私はそのまま答えた。
「もうないですよ」
『え?』
「全部削除しました」
空気が止まった。
相手の表情が一瞬で変わった。
『え、ちょっと待って…それないと…』
私はそのまま続けた。
「今まで通り、ご自身でやればいいと思いますよ」
何も言い返してこなかった。
ただ黙っていた。
それが、すべてだった。
席に戻りながら、思った。
今までやってきたことは、
全部「いない方がいい人」の仕事だったんだなと。
でも、なくなった瞬間に困る仕事でもある。
それだけのことだった。
帰り道、久しぶりに軽かった。
あと3日。
もう、何も残さない。
困るのは、
今まで人に任せてきた人だけだと思ってる。
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