夫の手術が始まったのは午後1時過ぎだった。
説明では6時間。
順調でも夜になると言われていた。
だから私は長い待機を覚悟していた。
ところが数時間後。
突然、手術室のランプが消えた。
私は慌てて立ち上がった。
予定よりあまりにも早い。
不安もあった。
でもその直後に見た光景が、私の気持ちを安心へ変えてしまった。
手術室から出てきた医師たちが笑っていたのだ。
深刻な空気ではなかった。
談笑しながら歩いていた。
私は思った。
「よかった」
「助かったんだ」
だってそうだろう。
もし最悪の結果なら、そんな顔で出てくるはずがない。
私は涙が出そうになるのを必死にこらえた。
夫に会える。
また話せる。
子どもたちにも良い報告ができる。
そんなことばかり考えていた。
ところが医師は私の前に座ると、
静かにこう言った。
「残念ですが……」
次の言葉は今でも忘れられない。
「ご主人を救うことができませんでした」
頭が真っ白になった。
理解が追いつかなかった。
さっきまで笑っていたじゃないか。
あんな雰囲気だったじゃないか。
助かったと思うに決まっている。
私は泣きながら聞いた。
「じゃあ、どうして笑っていたんですか……?」
医師は少し驚いた顔をした。
「え……?」
「結果とは関係ない話をしていただけです」
その瞬間。
私は夫を失った悲しみとは別の感情で震えた。
結果と関係ない?
私たちは何時間も生きた心地がしないまま待っていた。
夫の命が助かるかどうかの瀬戸際だった。
その家族の目の前で笑って出て来ることに、何の違和感もなかったのだろうか。
後日、私は病院へ意見を伝えた。
夫を返してほしいわけではない。
医師を責めたいわけでもない。
ただ、一つだけ伝えたかった。
「手術結果を知らない家族にとって、医師の表情や態度は全てなんです」
「あの笑顔を見て希望を持ってしまったんです」
病院側は謝罪した。
悪意はなかったという。
結果とは無関係だったという。
それも分かる。
でも今でも思う。
医療者にとっては日常でも、
家族にとっては人生で一番苦しい数時間かもしれない。
あの日の私が欲しかったのは特別な配慮ではない。
ただ、
「ご家族をお待たせしました」
その一言と、
少しだけ真剣な表情だった。
夫は帰ってこなかった。
その現実は変わらない。
でも私は今でも願っている。
あの日のような思いをする家族が、一人でも減ってほしいと。
極限状態で待つ家族にとって、
医師の態度や表情は想像以上に大きな意味を持つのだから。
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