会社を辞めたのは、私のせいではなかった。
業績悪化による人員整理。
突然の退職だった。
もちろん不安だった。
毎日求人サイトを見て、履歴書を書いて、面接に行く。
それでもすぐには決まらない。
そんな中でも私は家事をしていた。
掃除も洗濯も料理も全部やった。
少しでも家の負担を減らしたかったからだ。
だけど夫は違った。
仕事を失った日から、私を見る目が変わった。
「今日何してたの?」
「ずっと家にいたんだろ?」
「掃除した?隅にホコリあるけど。」
「味付け薄くない?」
「暇なんだからもっとちゃんとできるだろ。」
毎日そんな言葉ばかりだった。
私は何も言い返さなかった。
今は我慢するしかない。
そう思っていた。
ある夜だった。
スマホを見ていると、偶然夫のSNSの投稿が目に入った。
本来なら見られないはずだった。
でも夫は私をブロックし忘れていた。
そこに書かれていた文章を見て、私は固まった。
「失業中なのに高いドリアンを買って食べる妻ってどう思いますか?」
「普通なら節約しませんか?」
「どうやったら理解させられますか?」
たくさんのコメントが付いていた。
「奥さんが悪い。」
「危機感がない。」
「働いてる旦那が可哀想。」
夫はそのコメントに嬉しそうに返信していた。
私はスマホを閉じた。
怒りというより、冷めた。
ああ、この人はこういう人だったんだ。
翌日。
私はスーパーへ行った。
そして大きなドリアンを二つ買った。
少し高かった。
でもどうしても食べたかった。
帰宅すると夫からLINEが来た。
「今日は同僚と飲みに行くから夕飯いらない。」
そして続けて、
「お前は何食べるの?」
私は返信した。
「昨日の豆腐と卵のスープが残ってるから、それで済ませる。」
夫はすぐに返してきた。
「そういうのでいいんだよ。」
「今は節約しないとな。」
私はスマホを見ながら笑った。
目の前にはドリアンが二つ。
部屋中に甘い香りが広がっていた。
私は一人で好きなだけ食べた。
久しぶりに美味しかった。
そして何より自由だった。
夫は安心しただろう。
節約している妻。
反省している妻。
夫の言うことを聞く妻。
そう思ったはずだ。
でも実際の私は、その日一人でドリアンを食べていた。
数週間後。
私は再就職先が決まった。
給料も以前とほぼ同じだった。
すると夫は別人みたいに優しくなった。
「よかったな。」
「頑張ったな。」
「俺も安心したよ。」
失業中には毎日文句を言っていた人が。
まるで何事もなかったかのように。
その姿を見て、私は確信した。
この人は私を愛していたんじゃない。
働いている私を愛していただけだった。
そして初出勤から一か月後。
夫が大きな箱を抱えて帰ってきた。
「お祝い。」
箱を開ける。
中には立派なドリアンが入っていた。
夫は笑っていた。
「好きだっただろ?」
「就職祝い。」
「今日は一緒に食べよう。」
私はドリアンを見つめた。
失業中に食べたかった時は贅沢。
働き始めたらご褒美。
同じドリアンなのに、私の立場が変わるだけで評価が変わる。
それが全てだった。
私は静かに箱を閉じた。
そして夫を見た。
「離婚しよう。」
夫の笑顔が消えた。
「え?」
「なんで?」
私は少し笑った。
本当に分かっていないのだ。
「ドリアンのせいじゃないよ。」
「仕事のせいでもない。」
「私が失業した時、あなたが私をどう見ていたか。」
「それが分かっただけ。」
夫は慌てて何か言おうとした。
でも私はもう聞かなかった。
あの日、SNSの投稿を見た瞬間に終わっていたのだ。
私が欲しかったのはドリアンじゃない。
苦しい時でも味方でいてくれる人だった。
そして残念ながら、
夫はその人ではなかった。
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