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「来週モデル大会なんです」そう言った母親は、診察10分後に娘を連れて逃げ出した
2026/06/08

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「先生、知ってます?」

診察を終えて帰ろうとしていた常連のおばあちゃんが、急に声を潜めた。

「この前来てたモデルの子。」

私はすぐに思い出した。

10歳くらいの女の子だった。

背筋をピンと伸ばし、まるで人形のように立っていた子だ。

「待合室で偶然見えちゃったんだけどね……」

おばあちゃんは顔をしかめた。

「あの子の下、菜の花みたいなのがびっしりだったよ。」

私は何も答えなかった。

なぜなら、その子のことは私も忘れられなかったからだ。

あの日、母親は診察室に入るなり言った。

「先生、お願いです。来週モデル大会があるんです。」

「絶対に治してください。」

娘の身体より大会の心配ばかりしていた。

隣の女の子は真っ直ぐ立ったまま動かない。

母親は何度も、

「姿勢。」

「背筋伸ばして。」

「足閉じて。」

と指示を出していた。

私は軽く頷きながら診察を始めた。

母親は湿疹だと言っていた。

しかし確認した瞬間、私の手は止まった。

思っていたものとは全く違った。

私は表情を変えないように努めながら母親を別室へ呼んだ。

「少しお話を聞かせてください。」

そう言うと、母親は急に落ち着きを失った。

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「大丈夫ですよね?」

「ただの湿疹ですよね?」

私は質問した。

「いつ頃から気付いていましたか?」

「最近です。」

「最近とは?」

「一週間くらい前です。」

私はカルテに視線を落とした。

すると母親が突然言った。

「保姆なんです。」

私は顔を上げた。

「保姆?」

「うちの保姆、衛生観念が低くて。」

「きっとそのせいです。」

私は何も言わずに話を聞いた。

だが説明を続ける母親の声はどこか焦っていた。

そして数分後。

今度は全く別の話を始めた。

「主人かもしれません。」

「先週、この子を旅行に連れて行ったんです。」

「たぶん、その時だと思います。」

私はしばらく黙った。

そして静かに聞いた。

「先週ですか?」

「はい。」

「間違いなく?」

「ええ。」

私は小さく息を吐いた。

「少なくとも、先週の出来事だけで説明できる状態には見えません。」

母親の顔色が変わった。

「え……?」

私はそれ以上何も言わなかった。

ただ確認を続けた。

だが聞けば聞くほど話が変わる。

一週間前。

数日前。

旅行の後。

保姆。

主人。

説明だけが増えていく。

私は娘の方を見た。

女の子はずっと床を見つめていた。

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質問しても答えない。

いや、答えられないようにも見えた。

母親だけが必死に話している。

私は時計を見た。

そして席を立った。

「少し確認したいことがあります。」

その瞬間だった。

母親の表情が変わった。

娘の腕を掴む。

「帰ります。」

私は驚いた。

「お待ちください。」

しかし母親は聞かなかった。

娘を引っ張るようにして診察室を出て行く。

足音だけが廊下に響いていた。

気付いた時には駐車場から車が出て行っていた。

私は追えなかった。

そして、その親子は二度と病院へ来なかった。

結局、何が正しかったのか。

何が間違っていたのか。

私は今でも知らない。

保姆の名前を出した母親。

次は主人の名前を出した母親。

けれど娘のことになると、なぜか言葉を濁した。

そして娘は最後まで一言も話さなかった。

あれから何年も経った。

それでも時々思い出す。

あの日の診察室。

あの日の沈黙。

そして、帰り際のおばあちゃんの言葉。

本当は何があったのか。

なぜあそこまで慌てて帰ったのか。

なぜ説明が何度も変わったのか。

なぜ娘は何も話さなかったのか。

答えは今も分からない。

ただ、その親子が二度と病院へ現れることはなかった。

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