あの日、私はポケットの中に入っている宝くじを何度も触っていた。
当選金は一千万円。
指先が震えた。
けれど私は、その場で誰にも見せなかった。
なぜなら知りたかったからだ。
お金が手に入った時、家族は私を家族として見てくれるのか。
それとも、ただの財布として扱うのか。
私は試してみることにした。
その日の夕食。
父と母、そして妹の雪が食卓を囲んでいた。
私は何気ない顔で言った。
「実は宝くじが当たったの。」
母は箸を止めた。
「いくら?」
「百万円。」
その瞬間だった。
三人の目の色が変わった。
さっきまでテレビを見ていた父も身を乗り出し、雪もスマホを置いた。
私は続けた。
「半分は老後のために置いておこうと思う。残りの半分は雪の夢だったタピオカ店の開業資金にする。」
雪は歓声を上げた。
「お姉ちゃん、本当に!?ありがとう!」
父も母も大喜びだった。
まるで私が突然、理想の娘になったかのように。
その時、私は少しだけ悲しくなった。
今まで何年も家に生活費を入れ続けても、一度も見せてくれなかった笑顔だったからだ。
その夜。
私は宝くじを取り出そうとした。
すると母が突然それを奪い取った。
「私が預かるわ。」
「返して。」
「ダメよ。大金なんだから危ないでしょ。」
私が手を伸ばすと、雪が腕を押さえた。
父まで言った。
「家族なんだから誰のものでも同じだろ。」
私は呆然とした。
「これは私が買った宝くじよ。」
すると雪が鼻で笑った。
「ケチだなあ。」
母も言った。
「育ててもらった恩を忘れたの?」
父は当然のように言った。
「家族のために使うのが当たり前だ。」
その瞬間、私は理解した。
彼らが欲しいのは私ではない。
私のお金だ。
翌日、私は最後の警告をした。
「明日の正午までに返して。」
しかし誰も聞かなかった。
一か月後。
私は再び実家を訪れた。
「宝くじを返して。」
すると母が笑った。
「何を今さら。」
父も平然としていた。
「もう換金したぞ。」
私は耳を疑った。
「え?」
雪は嬉しそうに話し始めた。
「四十万円でお店の準備したの!」
父も続けた。
「残りは住宅ローンの頭金だ。」
私は言葉を失った。
そして静かに尋ねた。
「いくら換金したの?」
「八十万円だよ。」
父は不満そうに言った。
「お前、一百万って言ってたのに少なかったな。
」
私は思わず笑ってしまった。
悲しすぎると、人は笑うらしい。
「そう。」
私はゆっくり答えた。
「あれ、本当は一千万円だったの。」
部屋の空気が凍った。
母の顔色が消えた。
雪の笑顔も固まった。
父の口が半開きになった。
私は続けた。
「百万円って言ったのは試したかったから。」
「家族が私を見ているのか、お金を見ているのか。」
誰も何も言えなかった。
答えはもう出ていたからだ。
私は静かに荷物を持った。
「今日で終わり。」
「私をATMとしか見ない人たちを家族とは呼べない。」
それが最後の会話になった。
翌日。
私は身分証明書を持って宝くじ売り場へ向かった。
本物の当選券は最初から別の場所に保管していた。
換金されたのは、私が用意した偽物だった。
だから一千万円は無事だった。
私は会社を辞めた。
小さな庭付きの家を買った。
朝はコーヒーを飲みながら猫と遊び、休日には犬を連れて散歩した。
ようやく自分の人生を生き始めたのだ。
その後、両親と妹から何十回も連絡が来た。
泣きながら謝る電話。
許してほしいという手紙。
「家族じゃないか。」
そんな言葉も届いた。
けれど私は返事をしなかった。
ただ一度だけ送ったメッセージがある。
「家族を失ったのは、一千万円を失った日じゃない。」
「私を失った日に、あなたたちは本当に大切なものを失ったの。」
人は貧しいから醜くなるのではない。
欲に負けた瞬間に醜くなる。
そして一度失った信頼は、どんな大金でも買い戻せないのである。
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