夜の電車。
そこそこ混んでた。
ドア横に立ってた。
スマホをポケットに入れて。
そのときだった。
——コツッ。
違和感。
ポケットのあたり。
(……今、触られた?)
横を見る。
中年の女。
距離が近い。
明らかに不自然だった。
次の瞬間——
肘で、強く押された。
ドンッ。
思わず体が揺れる。
「すみません、当たってます」
そう言った。
ただ、それだけだった。
その瞬間。
女が振り返った。
そして、いきなり叫んだ。
「この人、痴漢です!」
……は?
一瞬、頭が真っ白になった。
でもすぐ理解した。
(ああ、そういうことか)
さっきの手。
ポケット。
肘打ち。
全部繋がった。
“やってる側が先に叫ぶやつ”。
でも、もう遅い。
周りの視線が一斉に向く。
空気が変わる。
距離を取られる。
スマホを向けられる。
完全に、俺が“加害者”。
女はさらに言う。
「さっきから触ってきて!」
——してない。
一度も。
でも、証明できない。
……いや、できる。
「次の駅で降ります」
そう言った。
逃げたら終わる。
次の駅。
駅員を呼んだ。
「今の件、防犯カメラ確認してください」
女はまだ言う。
「触られました」
「本当です」
——でも、こっちは違う。
駅員が動いた。
確認。
数分後。
空気が変わった。
「……映ってますね」
低い声。
女の顔が変わる。
さっきまでの勢いが消えた。
「こちらのお客様は触っていません」
はっきり言われた。
さらに。
「むしろ——」
その一言で、
完全に逆転した。
女は、何も言えなくなった。
さっきまで叫んでたのに。
視線を逸らすだけ。
俺はそのまま警察に行った。
全部説明した。
ポケットのこと。
肘打ちのこと。
診断書も取った。
証拠もある。
だから——終わらせたくなかった。
被害届。
そして、刑事告訴。
ネットでも広がった。
署名も集まった。
約3000人。
「これはおかしい」って。
正直、これならいけると思った。
(さすがにこれは処分される)
でも——
結果は、
不起訴だった。
理由の説明も、ほとんどない。
逮捕もなし。
処分もなし。
何もなかったみたいに終わった。
……じゃあ、
あれは何だった?
ポケットに手を入れてきたのも、
肘打ちも、
痴漢って叫んだことも。
全部、
なかったことになる?
俺は、
何もしてないのに。
証拠もあった。
映像もあった。
それでも——
何も変わらなかった。
署名してくれた人にも、
申し訳ないと思ってる。
でも一番思ってるのは、
これ。
——先に叫んだ方が勝ちなのか?
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