「娘が真っ裸で立っている脱衣所のドアを、夫がノックもせず開けた。」
私はさっき言ったばかりだった。
「もうすぐお風呂出るから、脱衣所入らないであげてね」って。
でも、夫は平気でドアを開けた。
案の定、娘は真っ裸だった。
娘は慌ててタオルを引き寄せて体を隠した。
そして、小さな声で言った。
「……また?」
その瞬間、胸の奥が冷たくなった。
これは、初めてじゃない。
今までも何度もあった。
夫は脱衣所やお風呂のドアを平気で開ける。
そのたびに私は前に立った。
ドアを押さえたり、声をかけたりして、娘を守ってきた。
でも今回は、私がそこにいなかった。
守れなかった。
夫はというと、いつもの調子で言った。
「あらあら、ごめんごめん。」
その軽さに、私は言葉を失った。
私はできるだけ冷静に言った。
「年頃なんだから、気をつけてあげて。
私もドアに“使用中”の札つけたりするから。」
夫は何も言わず、不機嫌そうな顔をして自室にこもった。
まるで、怒られたのは自分だと言わんばかりに。
私は娘に言った。
「パパが帰ってくる前に、お風呂済ませようね。」
娘はうなずいた。
でも私は、その夜、眠れなかった。
思い出していたのは、出産した日のことだった。
女性は子どもを産んだあと、胎盤を排出する。
それは体の一部だ。
胃や肝臓と同じ、臓器だ。
それが体内から――
ベリッと剥がれ落ちる。
その場所は、傷口になる。
出血は、何週間も続く。
私はその状態で、夜中に何度も起きて授乳した。
眠れないまま、泣く赤ちゃんを抱いてあやした。
それでも夫は言った。
「俺の飯は?」
あの時、私は思った。
この人は、何も分かっていない。
でも私は黙っていた。
家庭を守るため。
子どものため。
そう思って、8年間。
ずっと耐えてきた。
でも今回、娘が恥ずかしそうに体を隠す姿を見て、
胸の奥で何かが切れた。
これはもう、
うっかりでも、悪気がないでもない。
娘の尊厳の問題だ。
その夜。
モラハラ気味の夫は、飲みに出かけた。
「遅くなる。」
それだけ言って。
ドアが閉まった瞬間、
私は立ち上がった。
クローゼットを開けた。
娘の服をまとめる。
自分の荷物を詰める。
通帳。
保険証。
必要なものだけ。
娘は静かに聞いた。
「ママ、どこ行くの?」
私は言った。
「大丈夫。
ちょっとお引っ越し。」
娘は何も聞かなかった。
夜遅く、家を出た。
8年間暮らした家。
でも、振り返らなかった。
数時間後。
夫が帰宅する頃には、
家はもぬけの殻だった。
テーブルの上に、一枚だけ紙を置いた。
そこには、こう書いた。
「8年間、今までお世話になりました。」
それだけ。
もう、我慢する理由はなかった。
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