20歳の誕生日の夜。
母から一つのUSBメモリを渡された。
「お父さんからよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。
父は5年前に亡くなっている。
病気だった。
僕が15歳の時だ。
それ以来、父のいない人生を歩いてきた。
母は女手ひとつで僕を育ててくれた。
だから「父からのプレゼント」なんて、想像もしていなかった。
部屋に戻り、震える手で動画を再生した。
画面が映る。
そこには父がいた。
痩せていた。
頬はこけ、顔色も悪い。
それでも父は笑っていた。
「よう。20歳おめでとう」
懐かしい声だった。
たった一言で涙があふれた。
「ちゃんと大人になったか?」
「母さんに迷惑かけてないか?」
「好きな人はできたか?」
父は昔と変わらない口調で話していた。
途中で咳き込みながらも、最後まで笑顔だった。
「父さんはお前の20歳を見ることはできない」
「でもな、お前なら大丈夫だ」
「母さんを頼むぞ」
動画が終わる頃には、僕は泣き崩れていた。
父は最期まで父親だった。
そう思った。
だけど、その夜。
何度も動画を見返しているうちに、ある違和感に気付いた。
画面右上の時計だった。
そこにははっきりと表示されていた。
『令和8年』
今年だった。
僕は固まった。
父は5年前に亡くなっている。
なのに、なぜ今年の日付が映っているのか。
最初は時計の設定ミスだと思った。
でも何度見ても同じだった。
翌日、母に見せた。
母は一瞬だけ顔色を変えた。
けれど何も言わなかった。
その反応が逆に気になった。
僕は動画のデータを確認した。
作成日時。
令和8年。
つまり今年。
しかも数週間前。
頭の中が真っ白になった。
父は亡くなっている。
なら誰が撮った。
なぜ父が映っている。
なぜ今年作成されている。
答えが見つからなかった。
その日から僕は調べ始めた。
そして数日後。
母のパソコンを開いてしまった。
最低だと思った。
でも知りたかった。
そこで僕は一つのフォルダを見つける。
名前は、
『20歳の誕生日』
だった。
嫌な予感がした。
中を開く。
そこには父の写真が大量に保存されていた。
動画。
音声。
録音データ。
そしてAI生成ソフト。
僕の呼吸が止まった。
さらに奥にテキストファイルがあった。
開いた瞬間、目が離せなくなった。
そこには母の日記が残されていた。
『今年で20歳になる』
『あの人との約束の日が近い』
『本当はビデオレターなんて残っていない』
僕は思わず息を呑んだ。
画面を読み進める。
『病気が進んでいたから撮影する余裕もなかった』
『でも、あの子はずっと父親の言葉を待っている気がした』
『だから私が作ることにした』
『何度失敗してもいい』
『あの人なら何て言うだろう』
『あの人ならどんな顔で笑うだろう』
『あの人なら20歳の息子に何を伝えるだろう』
文字が滲んだ。
母は何年もかけて、この動画を作っていた。
父になろうとしていた。
その時だった。
背後で扉が開く音がした。
振り返ると母が立っていた。
僕は何も言えなかった。
ただ涙だけが溢れてきた。
「なんで……」
やっとそれだけを口にした。
母は少し困ったように笑った。
「だって、お父さんは見られなかったでしょう?」
「あなたの20歳を」
「だから見せてあげたかったの」
母は静かに椅子へ座った。
「ずっと考えてたのよ」
「あの人なら何て言うかなって」
「きっと褒めるだろうな、とか」
「きっと心配するだろうな、とか」
「きっと最後は母さんを頼むぞって言うだろうな、とか」
そう言いながら笑った。
でも目には涙が浮かんでいた。
その瞬間、僕は気付いた。
小学校の運動会。
中学の入学式。
高校受験の日。
卒業式。
父がいるはずだった場所には、いつも母がいた。
仕事をしながら。
家事をしながら。
自分だって苦しいはずなのに。
父の分まで怒って。
父の分まで褒めて。
父の分まで心配して。
父の分まで愛してくれた。
僕はずっと父がいないと思っていた。
違った。
父の役まで背負っていた人がいた。
僕はもう一度動画を再生した。
画面の中で父が笑っている。
「20歳おめでとう」
だけど今の僕には分かる。
この言葉を本当に届けたかったのは父だけじゃない。
5年間。
父の代わりを誰にも気付かれないように続けてきた母だった。
僕は涙を拭きながら母を見た。
そして初めて言った。
「ありがとう」
母は少し驚いた顔をした。
それから泣きながら笑った。
「どういたしまして」
その笑顔を見た時、僕はようやく理解した。
父は5年前に亡くなった。
だけど僕は一度も父を失っていなかった。
ずっと隣にいたのだから。
母という形になって。
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