「おかあさんへ」
そう書き出された1枚の貼り紙を見て、最初はただの家族内のメモかと思った。
でも、読み進めるほどに、胸の奥がざわついた。
ご飯を炊くなら1人分でお願いします。
洗濯などは午前中に済ませてください。
タオルは匂いが強いので、洗わなくて大丈夫です。
猫には決まった時間に、決まった量を与えてください。
一見すると、ものすごく丁寧に書いてある。
「申し訳ないですが」
「お願いします」
「大丈夫です」
言葉だけ見れば、怒鳴っているわけでもない。
でも、なぜだろう。
読めば読むほど、やさしいお願いというより、家の中に貼られた業務命令みたいに感じる。
しかも相手は他人じゃない。
「おかあさん」。
同居している家族に向けて、ここまで細かく書く状況って、たぶんそれまでにも色々あったのだと思う。
ご飯の量。
洗濯の時間。
タオルの匂い。
猫のごはん。
ひとつひとつは小さなことかもしれない。
でも、家の中の小さなズレって、毎日積み重なると本当に大きくなる。
だから、書いた側にも言い分はあるのだと思う。
フルで働いていて時間がない。
家事のタイミングが合わない。
匂いに敏感で体調に影響が出る。
猫の世話にも気になる点がある。
それ自体は、話し合っていいことだと思う。
むしろ、我慢し続けて爆発するより、言葉にするのは悪いことではない。
ただ、問題はそこじゃない。
これを紙に書いて貼る前に、一度でも向かい合って話したのか。
「こうしてもらえると助かります」ではなく、なぜ最初から「こうしてください」になってしまったのか。
そこに、見た人が引っかかっているのだと思う。
特にきついのは、タオルの部分。
「匂いが強い」
「吐き気がひどくなる」
たしかに本人にとっては深刻なことかもしれない。
でも、言われた側はどう受け取るだろう。
自分が洗ったタオルを、そんなふうに文字で突きつけられる。
しかも家族の目につく場所で。
これ、言葉は丁寧でも、受け取る側はかなり傷つくと思う。
「洗わなくて大丈夫です」
この一文も、表面だけ見れば気遣いに見える。
でも裏を返せば、
「あなたが洗うと困ります」
そう読めてしまう。
そして猫の話。
決まった時間に、決まった量を与えてください。
これも正しいことを言っているようで、言い方ひとつで印象がまるで変わる。
「病院でこう言われたので、これから一緒に気をつけませんか」
そう書けば、同じ内容でも全然違ったはず。
でもこの貼り紙は、最初から最後まで、相手を一段下に置いているように見える。
そこが怖い。
家族なのに、まるで職場の注意書き。
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