朝から、最悪だった。
いつも通り家を出る準備をしていた。
時計を見る。
電車まで、もう余裕はない。
一本逃したら遅刻。
それは分かっていた。
だから、バッグを持って、鍵を握って、少し早足で駐車場へ向かった。
私はその駐車場を、もう二年間借りている。
毎月ちゃんと代金を払っている。
安くはない。
でも駅までの距離を考えれば必要だった。
だから、そこは私の生活の一部だった。
朝、そこに車を停めておける。
帰ってきたら、そこに戻せる。
その当たり前のために、私は毎月お金を払っていた。
なのに。
自分の区画の前で、私は固まった。
知らない車が停まっていた。
私の場所に。
堂々と。
まるで昔からそこが自分の席です、みたいな顔で。
「は?」
声が出た。
ナンバーを見る。
知らない。
車種も知らない。
貼り紙もない。
電話番号もない。
謝罪の気配もない。
ただ、無断駐車だけがそこにあった。
その瞬間、頭の中で電車の時刻が点滅した。
今から不動産屋に電話?
無理。
警察?
絶対に時間がかかる。
持ち主を探す?
誰を?
どこで?
こっちはもう、一本逃したら遅刻なのだ。
朝の駐車場で、私は怒りと焦りの間に挟まれていた。
しかも腹が立つのは、相手が何も失っていないことだった。
勝手に停めた人間は、どこかで普通に朝を過ごしている。
その間、私は自分が借りている場所を奪われて、時計とにらめっこしている。
理不尽にもほどがある。
仕方なく、私は迷惑車両の前に自分の車を停めた。
もちろん、相手を困らせたい気持ちがゼロだったとは言わない。
でもそれ以上に、もう時間がなかった。
自分の契約区画を勝手に使われた結果、こちらが別の場所を探して遅刻する。
そんな馬鹿な話があるか。
私は写真を撮った。
ナンバーも控えた。
時間も記録した。
そして駅へ走った。
電車にはギリギリ間に合った。
汗が背中を伝っていた。
車内で吊り革につかまりながら、私はずっとイライラしていた。
仕事中も、頭の片隅にはあの車があった。
ちゃんと動いたのか。
不動産屋は対応してくれるのか。
警察は動くのか。
いや、たぶん民事だからと言われるだけ。
こちらが困っているのに、誰もすぐには助けてくれない。
無断駐車は、やられた側だけが面倒を背負う。
本当に嫌な仕組みだと思った。
そして夜。
帰宅して駐車場へ行くと、また足が止まった。
私の車に、紙が貼られていた。
白い紙。
太い字。
「車が停められません。至急移動してください」
私はしばらく、その文字を見つめた。
いやいやいや。
順番がおかしい。
停められなかったのは、こっちが先だ。
二年間、駐車場代を払い続けているのは私だ。
勝手に人の区画に停めたのは、そちらだ。
それなのに、まるで私が迷惑車両みたいな貼り紙。
しかも、こちらの車の横には小さな付箋まで貼ってあった。
「地主さんに頼んで置かせてもらいましたが、申し訳ありませんでした」
地主さんに頼んだ?
私はそこで完全に意味が分からなくなった。
地主さんに頼めば、私が契約している区画に停めていいことになるのか。
じゃあ、私が毎月払っている駐車場代は何だ。
祈祷料か。
場所代ではなく、気持ちの問題だったのか。
怒りで笑えてきた。
人の契約区画に勝手に停めておいて、出られないとなったらこちらに「移動してください」。
しかも謝罪は付箋一枚。
この雑さ。
この堂々とした被害者ポジション。
なかなか強い。
私はその場で不動産屋に連絡しようとした。
でも時間はもう遅い。
明日になる。
警察にも相談したが、すぐに動ける話ではないような反応だった。
分かっていた。
分かっていたけれど、腹は立つ。
こういう時、真面目に契約している側ほど弱い。
無断で停めた側は一瞬。
やられた側は、連絡、証拠、確認、調整。
全部こちらの仕事になる。
ナンバーを晒してやろうか。
一瞬、本気で思った。
でも、そこで同じ土俵に降りたら、余計に話がややこしくなる。
だから私は、写真を整理した。
朝の無断駐車。
貼り紙。
付箋。
時間。
全部残した。
明日、不動産屋にきっちり言う。
二年間、駐車場代を払ってきたこと。
今朝、勝手に停められていたこと。
そのせいで電車に間に合うかギリギリだったこと。
そして最後に、なぜ契約者である私が迷惑者みたいに扱われているのか。
そこをはっきり確認する。
何も対応されなかったら、その時はまた考える。
でも、まずは正面から詰める。
こちらには契約がある。
証拠もある。
感情だけで騒ぐより、その方が強い。
ただし、ひとつだけ言わせてほしい。
人の駐車場に勝手に停める人間ほど、出られなくなった瞬間だけ急に常識人ぶる。
「移動してください」
いや、最初に移動すべきだったのは、あなたの車です。