昼過ぎ、用事を済ませるためにコインパーキングへ入ろうとした。
場所は駅前に近い、わりと狭い駐車場。
看板には大きく「二十四時間」「昼間最大千二百円」と書かれている。
料金はまあ普通。
問題は料金ではなかった。
入口に差しかかった瞬間、私は思わずブレーキを踏んだ。
白いミニバンが、ものすごい角度で停まっていた。
最初は、出庫途中なのかと思った。
運転手が切り返している最中で、たまたま斜めになっているだけ。
そう思いたかった。
でも、違った。
エンジン音はしない。
人も乗っていない。
堂々と駐車済みだった。
しかも、その停め方がすごい。
三番の区画に入っているようで、入っていない。
三番と四番の間をまたぐように、斜めに突っ込んでいる。
前は通路にはみ出し、後ろは隣の車に圧をかけている。
まるで「私は白線という概念を知らない車です」と自己紹介しているようだった。
私は車内で固まった。
「いや、流石にこれはない」
声が漏れた。
駐車が苦手な人はいる。
初めての場所で焦ることもある。
レンタカーなら車幅が分からないのも、まあ少しは分かる。
でも、これはその次元ではない。
枠に入らないのではなく、枠というルールを一度も読んでいない。
パズルのピースを箱の上に置いて「完成です」と言っているような停め方だった。
私は降りて確認した。
白線はちゃんと見える。
番号も見える。
区画も狭いが、普通に停めようと思えば停められる。
隣には軽自動車も停まっている。
奥にも空きがある。
つまり、駐車場側の問題ではない。
完全にドライバー側の作品だった。
近くを通った人も、ちらっと見て苦笑いしていた。
そりゃ見る。
車に興味がなくても見る。
これはもう、交通マナーではなく現代アートだ。
タイトルをつけるなら、
「白線への反抗」
である。
ただ、笑っていられるのは最初だけだった。
この停め方をされると、周りが困る。
三番に停めたい人は使えない。
四番に停める人も怖い。
通路を通る車も気を使う。
隣の車が出る時も、ハンドル操作に神経を使う。
本人は「ちょっとだけ」のつもりかもしれない。
でも、そのちょっとの雑さで、周囲全員の難易度が上がる。
駐車場が急に上級者コースになる。
しかも車はレンタカーらしかった。
だから余計に思った。
これだからレンタカーは、なんて言われても仕方ないよ。
もちろん、レンタカー利用者がみんな悪いわけではない。
丁寧に運転している人も多い。
旅行先で慎重に駐車している人もいる。
でも、こういう一台が目立つ。
そして全体の印象を一気に悪くする。
看板には区画図まで描いてあった。
一番、二番、三番、四番、五番、六番。
実に分かりやすい。
小学生の算数より親切だ。
それなのに、三番と三・四番の境界に斜め。
どこをどう解釈したら、その答えになるのか。
私はしばらく考えた。
もしかして、本人の中では完璧だったのか。
「よし、停められた」と思って車を降りたのか。
だとしたら怖い。
運転技術より先に、自己採点が甘すぎる。
もしかして急いでいたのか。
それならなおさら、停め直すべきだった。
急いでいる時ほど、他人に迷惑を残していく。
時間がないのは分かる。
でも、白線を無視する理由にはならない。
私は管理先へ連絡しようか迷った。
こういう時、こちらが何かするのも面倒だ。
でも、放置すれば次に入ってくる人がまた困る。
結局、写真だけ撮って、その日は別の場所に停めた。
用事の前に、余計なストレスを一つ追加された気分だった。
歩きながら振り返ると、白いミニバンはまだ斜めのままだった。
堂々としている。
悪気の有無は分からない。
でも、迷惑は確実にそこにあった。
駐車場の白線は飾りではない。
枠はおすすめ表示ではない。
「できればこの辺にどうぞ」ではなく、「ここに収めてください」という最低限の約束だ。
それを無視すると、ただの駐車が周囲への攻撃になる。
帰り道、私はもう一度その車を思い出して笑った。
いや、笑うしかなかった。
あの角度で停められる勇気があるなら、逆にもう一度教習所で縦列駐車からやり直してほしい。
レンタカーを借りる前に必要なのは、観光計画ではない。
まず、白線を信じる心だ。