庭の草むしりなんて、正直やる気はなかった。
休日の朝。
母に言われた。
「そこの砂利のところ、草が伸びてるから抜いといて」
私はため息をついた。
もう大人だ。
仕事もある。
疲れもある。
それなのに、実家に帰ると一瞬で小学生扱いになる。
軍手をつけ、しゃがみ込み、砂利の間から伸びた雑草を抜いていく。
ぶちっ。
ぶちっ。
地味。
ひたすら地味。
スマホを見たい気持ちを我慢しながら、私は黙々と手を動かしていた。
その時だった。
灰色の砂利の間に、小さな赤い点が見えた。
最初は、ガラス片かと思った。
次に、プラスチックの破片かと思った。
でも、妙に透明感がある。
赤い。
丸くて、小さい。
私は指でつまみ上げた。
土が少しついていた。
光にかざした瞬間、心臓が変な音を立てた。
「……え?」
それは、バトスピの赤コアだった。
バトルスピリッツで使っていた、あの赤いコア。
少年時代、何度も指でつまんで、フィールドに置いて、ライフに並べて、スピリットに乗せていた、あの赤コア。
私はその場で固まった。
庭の砂利の上で、十数年前の自分と目が合った気がした。
一気に記憶が戻ってきた。
小学生の頃。
友達を家に呼んで、縁側でカードを広げていた。
「俺のターン!」
「フラッシュタイミングある?」
「それ、ブロックするわ!」
今思えば、声がでかい。
ルールもだいぶ怪しい。
でも、あの頃の私たちは真剣だった。
カード一枚で世界が変わった。
コア一個で勝敗が決まった。
赤コアを一つ落としただけで、全員で探した。
「どこ行った?」
「砂利の中じゃね?」
「もう一個使えばよくね?」
そう言われて、私は少しだけ悔しかった。
あの時、本当に一個なくしたのだ。
たぶん、庭で遊んでいる最中に落とした。
探しても見つからなかった。
そのまま忘れた。
忘れたつもりだった。
でも、こいつはずっとここにいた。
雨の日も。
夏の暑い日も。
冬の霜の日も。
草に埋もれ、砂利に紛れ、家族の誰にも気づかれず。
小さな赤コアは、庭の片隅で少年時代を守っていた。
私は笑ってしまった。
いや、笑うしかなかった。
十数年ぶりの再会が、草むしり中の砂利の上。
あまりにも地味。
でも、あまりにも強い。
普通なら、なくしたおもちゃの欠片だ。
値段だってたいしたものではない。
でも、私にとっては違った。
それは、あの頃の放課後だった。
お小遣いを握りしめてカードを買いに行った記憶。
友達とデッキを見せ合った時間。
負けて本気で悔しかった夕方。
母に「ご飯よ」と呼ばれても、あと一戦だけと粘った声。
全部が、この小さな赤い粒に詰まっていた。
私は土を払って、もう一度見た。
少し傷がある。
色も少しくすんでいる。
それでも、ちゃんと赤い。
ちゃんとコアだった。
私は急に、子どもの頃の自分に言いたくなった。
「おい、見つかったぞ」
あの時、必死で探していた自分。
もう諦めて、別のコアで代用した自分。
大人になった私は、何年も遅れてそれを拾った。
遅すぎる落とし物センターだ。
家に戻って、母に見せた。
「庭からこれ出てきた」
母は一瞬見て、首をかしげた。
「何それ?」
でしょうね。
母にとっては、ただの赤いプラスチックだ。
でも私にとっては、発掘された遺跡である。
私は説明した。
「昔、バトスピで使ってたコア」
母は「ああ、あのカードのやつね」と笑った。
その一言で、また少し胸が温かくなった。
母も覚えていたのだ。
私がカードを並べて騒いでいたことを。
庭に座り込んで遊んでいたことを。
大人になってから、昔の物に再会すると少し困る。
懐かしいだけでは済まない。
今の自分が、あの頃の自分にちゃんと顔向けできるのか、少し考えてしまう。
あの頃は、勝ち負けに本気だった。
欲しいカードのために真剣だった。
毎日が小さな大会みたいだった。
今の私はどうだろう。
仕事に追われ、通知に追われ、疲れた顔で草を抜いている。
でも、赤コアを拾った瞬間だけ、心のどこかがあの頃に戻った。
私はそのコアを捨てなかった。
洗って、机の上に置いた。
小さな赤い粒。
庭で十年以上眠っていた、私の少年時代の忘れ物。
正直、誰かにとってはただのゴミだ。
でも、私にとっては宝物だった。
草むしりをサボろうとしていた休日。
砂利の中から出てきたのは、雑草よりずっとしぶとい思い出だった。
まさか大人になって、庭でバトスピの赤コアを回収するとは思わなかった。
人生、何が掘り出されるか分からない。
ただ一つ言える。
あの時なくしたコア、ちゃんと生きてた。
しかも、十数年ぶりに私のライフを一つ回復してくれた気がする。