宅配が来たのは、昼すぎだった。
私は家にいた。
休日で、外に出る予定もなかった。
髪は適当。
顔もほぼ寝起き。
服は、部屋着という名のパジャマだった。
薄手の長袖に、ゆるいズボン。
コンビニにも行かないレベルの完全オフ状態。
チャイムが鳴って、私は慌てて玄関に出た。
配達員の男性が荷物を持って立っていた。
普通に受け取った。
印鑑もいらないタイプだったので、軽く会釈してドアを閉めた。
それだけ。
本当に、それだけだった。
ところが、夕方。
ポストを開けた瞬間、見覚えのない手紙が入っていた。
封筒ではない。
ノートを破ったような紙。
手書きの文字。
最初は、誰かの入れ間違いかと思った。
でも、一行目を読んだ瞬間、指先が冷たくなった。
「本日配達しました者です」
そこで、背中にぞわっとしたものが走った。
配達。
今日。
つまり、昼に来たあの人。
続きには、こう書いてあった。
「薄着で出てきてたので、もしかしたら俺の事意識してるのかな?って思って手紙入れました」
私はしばらく、紙を持ったまま動けなかった。
薄着。
いや、ただのパジャマだ。
宅配が来たから出ただけだ。
あなたを意識したわけではない。
というか、顔もまともに見ていない。
こちらは荷物の中身と受け取り完了通知のことしか考えていなかった。
なのに、相手の中では勝手に物語が始まっていた。
さらに読み進めると、もっと気持ち悪かった。
「今夜21時からなら空いてますので、夜のお相手しましょうか?」
「お電話待ってます」
最後に、電話番号。
私は紙を落としそうになった。
怒りより先に、恐怖が来た。
だって相手は、私の家を知っている。
名前も知っているかもしれない。
荷物を運んできた人間が、その立場を使って、私のポストにこんな手紙を入れた。
ただのナンパではない。
道端で声をかけられるのとも違う。
自宅だ。
逃げ場のはずの場所に、勝手に踏み込まれた感じがした。
私はすぐに鍵を確認した。
チェーンもかけた。
カーテンを閉めた。
スマホを握りしめ、手紙の写真を撮った。
そして、番号を検索した。
出てきた画面を見て、また心臓が嫌な音を立てた。
プロフィールらしきものが表示された。
名前。
顔写真。
ブロックと通報のボタン。
「ああ、本当にいる人なんだ」
その現実感が、逆に怖かった。
知らない誰かの妄想が、画面の中で形を持ってしまった。
私はそこでようやく、怒りが湧いてきた。
勝手に何を勘違いしているのか。
部屋着で荷物を受け取っただけで、なぜ夜の誘いになるのか。
薄着という言葉を、都合よく変換しすぎだ。
こちらは家の中で油断していただけ。
それを「俺を意識してる」と読むなら、もう読解力ではなく妄想力の暴走である。
すぐに配送会社へ連絡した。
声が震えないように、ゆっくり話した。
「今日配達に来た人から、個人的な手紙をポストに入れられました」
電話口の人は、一瞬黙った。
私は続けた。
「私の住所を知っている立場の人です。内容もかなり不快で怖いです」
手紙の写真も保存した。
番号も控えた。
必要なら警察にも相談すると伝えた。
すると、電話口の空気が変わった。
さっきまで事務的だった声が、急に硬くなった。
「確認いたします。大変申し訳ございません」
その言葉を聞いても、安心はできなかった。
だって、相手は一度ここに来ている。
ポストの場所も知っている。
私がどんなドアから出てきたかも知っている。
配送という仕事は、信頼で成り立っている。
知らない人でも、荷物を届けに来た人だから玄関を開ける。
その前提を裏切られると、一気に怖くなる。
私はその夜、二十一時が近づくのが嫌だった。
もちろん電話などしない。
でも、時間を指定されたせいで、その時間だけが妙に重くなる。
時計を見る。
二十時五十分。
二十時五十九分。
二十一時。
何も起きない。
それでも、心は休まらなかった。
たった一枚の手紙で、家の空気はこんなに変わる。
翌日、私は改めて相談先に連絡した。
紙は捨てなかった。
証拠として保管した。
スマホにも写真を残した。
気持ち悪いから消したい。
でも、消したら相手の都合がよくなる。
だから残した。
今回の件で学んだ。
配達員さんの多くは真面目に働いている。
重い荷物を運び、暑い日も寒い日も届けてくれる。
それは本当にありがたい。
でも、たった一人の非常識が、その信頼を一瞬で壊す。
薄着で出た?
違う。
私は自宅で普通に過ごしていただけ。
意識してる?
してない。
あなたは荷物を届けに来ただけ。
そこに恋愛イベントを勝手に発生させないでほしい。
今日、私の家に届いたのは荷物だけではなかった。
頼んでもいない恐怖まで、ポストに入れられた。
次から宅配が来たら、私はきっと少し身構える。
それが一番腹立たしい。
荷物の再配達より先に、その妄想を持ち帰ってほしかった。