母はスーパーの駐車場に車を停めて、
外に出た瞬間に気づいたらしい。
隣の白い軽自動車。
ドアミラーのところに、
何かがびっしりついている。
最初は、ゴミかと思った。
でも違った。
動いてる。
「え、なにこれ…」
近づいた瞬間、
ゾッとしたらしい。
全部、蜂。
ミラーに固まって、
塊みたいになっている。
ブンブンって音はしない。
でも、
じわじわ動いてる。
(気持ち悪い…)
その場にいた人も、
少しずつ気づき始めた。
「あの車、やばくない?」
「近づいたら刺されるって」
車の持ち主らしき人も、
少し離れた場所で立ち止まっていた。
鍵は持ってるのに、
車に近づけない。
自分の車なのに、触れない。
それが一番異様だった。
母は少し迷ったあと、
店員を呼びに行った。
「すみません、あそこ蜂がすごくて…」
店員も見に来たけど、
一瞬止まった。
「……これはちょっと…」
その時、周りで声が上がる。
「何か甘いものこぼしたんじゃない?」
「ゴミ放置してたんじゃない?」
誰かが言った。
完全に“車の持ち主のせい”みたいな空気。
持ち主の人は、
小さく首を振ってた。
「いや、そんなの置いてないです…」
でも、誰も信じてない。
(なんか違う気がする)
母は少しだけ違和感を感じたらしい。
確かに異常。
でも——
“一台の車のミラーだけ”に集中してる。
おかしくない?
「これ、本当に汚れとかなんですかね?」
母がそう言うと、
周りが少し静かになった。
その時。
たまたま通りかかった人が、
ぽつりと言った。
「それ、多分“分蜂”ですね」
——え?
「巣を作る前に、女王蜂を中心に集まってる状態です」
「だから、一箇所に固まるんですよ」
一瞬、空気が変わった。
「え、じゃあ…危なくないんですか?」
「刺激しなければ、基本は大丈夫です」
さっきまでの空気と、全然違う。
危険なもの → 理由のある現象
母は少し安心したけど、
まだ完全には信じられなかった。
その後、店側が専門業者に連絡。
しばらくして、
防護服を着た人が来た。
手際よく、
蜂の塊を箱に移していく。
ほとんど暴れない。
静かに、まとまって動く。
さっきまでの“恐怖の塊”が、
ただの“自然の行動”に見えてきた。
作業が終わったあと、
車の持ち主が深く頭を下げた。
「すみませんでした…」
——いや、違うよね。
母は思わず言ったらしい。
「謝ることじゃないと思います」
周りも、少し気まずそうだった。
さっきまで、
勝手に決めつけていたから。
(怖かったのは蜂じゃない)
母が帰り道で言った。
「理由が分からないまま、人を悪く思う空気の方が怖かった」
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