「遺産は全部メグに渡すから。ひろし君には一円もないわよ」
義母はそう言って、当然のように俺を見下した。
俺の名前はひろし。36歳。
妻のメグと、車いす生活の義母と三人で暮らしていた。
義母が足を悪くしたのは10年前。
そこから俺の生活は大きく変わった。
朝は義母を起こし、着替えを手伝い、食事を作り、薬を確認する。
通院の日は仕事の予定を調整して付き添い、夜は体調を見ながら寝る準備まで手伝った。
正直、楽な日なんて一日もなかった。
それでも俺は、家族だからと思って耐えていた。
妻のメグは、ほとんど何もしなかった。
「私、料理できないし」
「介護とか無理。ネイル剥がれちゃう」
「ひろしがやった方が早いじゃん」
最初は冗談かと思った。
でも、それが彼女の本音だった。
自分の母親のことなのに、面倒なことは全部俺に丸投げ。
義母も最初の頃は、俺に申し訳なさそうにしていた。
「ひろし君、ごめんね」
そんなふうに言っていた時期も、たしかにあった。
だが、義父が亡くなってから義母は変わった。
「ご飯まだ?」
「私の好みくらい覚えておきなさいよ」
「本当に気が利かないわね」
まるで俺を家族ではなく、住み込みの使用人のように扱い始めた。
それでも俺は我慢した。
義父には生前、とてもよくしてもらった。
同居を始めたばかりの頃、肩身の狭かった俺に、義父だけは優しく声をかけてくれた。
だから、その恩返しのつもりもあった。
ある日、義母が突然言い出した。
「私ね、投資信託を始めたの。将来のお金は全部メグに残すわ」
メグは嬉しそうに笑った。
「本当?ママありがとう!」
俺は別に何も言わなかった。
もともと義母の財産をあてにしたことなどない。
だが次の瞬間、義母は俺を見て鼻で笑った。
「もちろん、ひろし君には関係ないわよ。あんたは他人なんだから」
部屋の空気が、一瞬で冷えた。
俺はゆっくり聞き返した。
「……他人、ですか?」
義母は悪びれる様子もなく言った。
「そうよ。血もつながってないでしょ。ここに住ませてあげてるだけでもありがたいと思いなさい」
メグまで笑いながら続けた。
「まあ、遺産は実の娘に渡すのが普通だよね」
その瞬間、俺の中で何かが音を立てて切れた。
遺産が欲しかったわけじゃない。
金の話が悔しかったわけでもない。
ただ、10年間の介護も、家事も、生活費の負担も、全部なかったことにされた気がした。
俺は家族だと思っていた。
でも、向こうにとって俺は、便利に使える他人だったらしい。
俺は小さく笑った。
怒りすぎると、人は逆に静かになるのかもしれない。
「分かりました」
義母とメグが俺を見た。
「俺が他人なら、介護も明日から実の娘さんにお願いします」
義母の顔色が変わった。
「え?」
メグも慌てて声を上げた。
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