夕食後のリビングで、車いすの義母が笑いながら「遺産は娘に全部。あんたは他人でしょ?」と言った瞬間、10年分の介護が音を立てて崩れた。
食事を作ったのも、病院に連れて行ったのも、夜中に起こされて車いすを押したのも、全部私だった。
それなのに、都合のいい時だけ家族で、財産の話になると他人。
「遺産は血のつながった娘へ行くのが当然」派もいるだろうけど、だったら介護だけ他人に押しつけるのは通るのか。
これはお金の話じゃない。感謝も敬意もない相手に、どこまで人生を差し出すべきなのかという話だ。
義母が車いす生活になってから、家の中の中心はずっと義母だった。
朝は義母の好みに合わせて味噌汁を作り、昼は薬の時間を確認し、夜は寝室まで付き添う。
病院の日は仕事を調整し、雨の日でも車いすを押した。
妻は「私そういうの無理」と言って、介護からはずっと逃げていた。
ネイルが剥がれる。
疲れる。
自分の時間がなくなる。
そんな理由で、実の娘なのに何もしなかった。
それでも私は我慢した。
義父には生前よくしてもらったし、家族になった以上、できることはしようと思っていたからだ。
義母が多少わがままでも、足が不自由で不安なのだろうと自分に言い聞かせていた。
でも、あの日の一言だけは無理だった。
「遺産は娘に全部あげるのが普通でしょ。あんたは他人なんだから」
私は一瞬、意味が分からなかった。
遺産が欲しかったわけじゃない。
むしろ、もらう権利がないことくらい分かっている。
問題はそこじゃない。
10年も介護をさせておいて、家事も生活費も私に頼っておいて、最後に出てきた言葉が“他人”だったことだ。
だから私は静かに言った。
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