海外出張から戻った翌朝だった。
時差ぼけのままオフィスに入り、自分の席に座った瞬間、違和感があった。
机の上に、書類が山積みになっていた。
しかも、誰も触れていない。
胸の奥で、嫌な予感がした。
その直後だった。
「おーい、社長室来て」
呼び出されて向かうと、二代目社長が椅子にふんぞり返っていた。
そして、にやにやしながら言った。
「君はクビだからねw」
ああ、来たか。
そう思った。
理由も曖昧だった。
「海外行っても成果が見えない」
「雰囲気が暗くなる」
正直、笑いそうになった。
だが、私は何も言わなかった。
「承知しました」
それだけ言って頭を下げた。
社長は一瞬、表情が止まった。
たぶん、泣きつかれると思っていたのだろう。
でも、私は知っていた。
この会社が、誰で回っているか。
そして、どこが止まるかも。
その日、引き継ぎ資料をまとめて提出した。
案件の進行状況、注意点、顧客対応。
全部、整理した。
だが社長はそれを見て、鼻で笑った。
「余計なことするな」
その一言で、確信に変わった。
――この人、何も分かってない。
私はそれ以上何も言わず、退職した。
そして翌月。
スマホが鳴り始めた。
会社からだった。
最初は無視した。
だが、止まらない。
一日数件。
一週間で30件。
最終的に、100件を超えた。
いわゆる鬼電だった。
留守電には焦りが混ざっていた。
「おい、至急折り返せ!」
「案件が止まってる!」
「顧客が怒ってる!」
……当たり前だ。
止めたのは、そっちだ。
私は一度も出なかった。
返信もしない。
理由は単純だった。
もう、私の仕事じゃない。
タダで責任だけ背負う理由がない。
その後、噂が入ってきた。
海外案件の資料が理解できず、
そのまま顧客に「分からない」と送ったらしい。
当然、信用は落ちた。
さらに納期調整も失敗。
違約金寸前。
経理処理も止まり、現場は混乱。
社員は疲弊し、辞める人も出た。
そして決定打。
最大顧客が離れた。
「担当変えたのは御社ですよね」
それだけだったらしい。
その後、会社からの連絡は止まった。
完全に。
代わりに一度だけ、知らない番号から着信があった。
たぶん弁護士か何かだろう。
私は出なかった。
全部記録だけ残して、終わらせた。
その頃、私は新しい会社で働いていた。
評価は明確。
判断は早い。
そして何より、
人を軽く扱う空気がなかった。
クビを言い渡されたあの日、
私は思っていた。
――これは終わりじゃない。
解放だ。
あの社長は最後まで気づかなかったはずだ。
人を切って笑った瞬間、
会社の“心臓”を、自分で抜いたことに。
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