満車の駐車場で、それは目立ちすぎていた。
ずらっと並ぶ車の中で、
1台だけ、堂々と白線をまたいで停めている軽自動車。
完全に2台分を使っている。
「うわ……これか」
思わず声が漏れた。
周りを見ても、空いているように見えるのに、
実際にはどこも停められない。
原因は、この1台。
本来ならあと2台停められるはずのスペースが、
完全に潰されている。
近くにいた男性も苦笑いしながら言った。
「これ、ひどいですね」
私はうなずいた。
「満車でこれやられると、さすがに困りますよね」
しかし――
誰も何もしない。
文句を言う人もいない。
ただ、遠巻きに見ているだけ。
その時だった。
1台の車が、ゆっくりと左側に入ってきた。
そして――
ギリギリまで寄せて駐車した。
「え、そこ行く?」
思わず見入る。
ドアがほぼ開かないレベルの距離。
そして間髪入れず、今度は右側にも別の車が入ってきた。
同じように、ギリギリまで寄せる。
――完全に挟んだ。
その瞬間、空気が変わった。
誰かが小さく笑った。
「これは……詰んだな」
私は思わず苦笑した。
正直、やりすぎかもしれない。
でも――
どこかスッとする自分もいた。
しばらくして。
その軽自動車の持ち主が戻ってきた。
40代くらいの男性だった。
最初は何も気づかず、普通に近づく。
そして、立ち止まった。
「……は?」
状況を理解するのに、数秒かかったようだった。
左右の車との距離は、ほぼゼロ。
ドアを開ける余裕は、まったくない。
男は左に回る。
開かない。
右に回る。
開かない。
その場で固まった。
「はぁ!?なんだこれ!?」
声が一気に大きくなる。
周囲の視線が集まる。
男はイライラした様子で周りを見回した。
「誰だよこんな停め方したの!」
すると、近くにいた男性が静かに言った。
「その前に、自分の停め方見たらどうですか」
一瞬、空気が凍る。
男はムッとした顔で言い返す。
「は?関係ねぇだろ!」
「俺がどう停めようが自由だろ!」
その言葉に、別の女性が口を開いた。
「自由じゃないですよ」
「ここ満車ですよね?」
「2台分使ってるの、分かってます?」
男の表情が変わる。
「いや、だってぶつけられたら嫌だし」
開き直りだった。
しかしその瞬間、後ろから低い声が飛んだ。
「だったら駐車場来るなよ」
一気にざわつく。
男は言葉を詰まらせた。
「……っ」
さらに別の人が続ける。
「みんな同じ条件で停めてるんですよ」
「自分だけ特別扱いは無理でしょ」
完全に流れが変わった。
さっきまで黙っていた人たちが、
一斉に“こちら側”に回った。
男は周囲を見回す。
味方はいない。
完全に孤立していた。
「……チッ」
舌打ちを一つ。
だが、どうにもならない。
ドアは開かない。
車には乗れない。
その時、誰かがぽつりと呟いた。
「管理に連絡すれば?」
それを聞いた瞬間、男の顔がさらに歪んだ。
自分の駐車が原因だと、
完全に理解したのだろう。
しばらく沈黙した後、
男は小さく言った。
「……すみません」
その一言で、空気が少し緩んだ。
すると、左側の車の持ち主が鍵を鳴らした。
「分かればいいですよ」
少しだけ車を動かす。
続いて右側の車も下がる。
ようやく、ドアが開くスペースができた。
男は急いで車に乗り込んだ。
そして、そのまま無言で走り去った。
静けさが戻る。
誰かが軽く息を吐いた。
私はその場に立ちながら思った。
最初からルールを守っていれば、
こんなことにはならなかった。
そしてもう一つ。
誰かが動けば、空気は変わる。
満車の駐車場で起きた、小さな修羅場。
でもそこには、はっきりとした答えがあった。
非常識な自由は、通用しない。