最初にその手紙を見た時、私はしばらく動けなかった。
白い紙。
細い文字。
丁寧に書かれているのに、内容だけが異様だった。
「なおさんへ」
そう始まっていた。
そして、その下にこう書かれていた。
「覚悟はできていますか」
「後悔しないでくださいね」
読み終わった瞬間、背中が冷たくなった。
怒りより先に、怖さが来た。
誰が。
なぜ。
いつから。
その言葉ばかりが、頭の中をぐるぐる回った。
最初の一通目は、まだ我慢できた。
嫌な感じはしたけれど、ただの悪ふざけかもしれない。
誰かが感情的になって書いただけかもしれない。
そう思い込もうとした。
でも、二通目が来た。
三通目が来た。
内容は少しずつ変わった。
けれど、共通していたのは、私を不安にさせる言葉だった。
直接的に何かを言わなくても、読んだ人間の心を削る。
そういう書き方だった。
私はしばらく、誰にも言えなかった。
大げさだと思われるかもしれない。
気にしすぎだと言われるかもしれない。
相手を刺激したら、もっとひどくなるかもしれない。
そう考えると、ポストを見るだけで息が苦しくなった。
郵便受けの音がするたびに、心臓が跳ねた。
玄関に行くのが怖くなった。
夜、カーテンの隙間が気になった。
外の足音に、何度も耳を澄ませた。
でも、今回の手紙を見た瞬間、私の中で何かが変わった。
「覚悟はできていますか」
その一文は、もう“いたずら”では済まない。
私は紙を握りつぶしそうになった。
でも、すぐに手を止めた。
捨ててはいけない。
破ってはいけない。
感情で動いたら、証拠が消える。
私は手紙に直接触れるのをやめ、スマホで写真を撮った。
全体。
文字。
署名。
紙の折り目。
封筒があれば封筒も。
消印があるものは消印も。
届いた日付もメモした。
そして、これまで届いた手紙を全部出した。
引き出しの奥にしまっていたもの。
怖くて見返せなかったもの。
忘れたふりをしていたもの。
一枚ずつ並べると、はっきり分かった。
これは偶然ではない。
単発のいたずらではない。
続いている。
狙われている。
私はそこで、初めて怒りが湧いた。
なぜ私が怯えなければいけないのか。
なぜ相手は、紙一枚で人の生活を壊せると思っているのか。
なぜ私は、ポストを見るだけで震えなければならないのか。
その夜、私は家族に話した。
最初は声が震えた。
でも、手紙を見せると、空気が変わった。
「これは放っておいたら駄目だ」
そう言われた。
私も、もう同じ気持ちだった。
翌朝、私は手紙を全部封筒に入れた。
日付順に並べた。
届いた場所。
届いた時間帯。
その日に起きたこと。
思い出せる限り、ノートに書いた。
相手の名前らしきものが本物かどうかは分からない。
筆跡が同じかどうかも、私には判断できない。
でも、判断するのは私ではない。
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