最初は、ただの来客だと思った。
昼下がり。
家の中で片付けをしていると、外から車の音が聞こえた。
エンジン音が、妙に近い。
窓の外を見ると、一台の車が道路からバックで入ってきていた。
しかも、うちの庭に。
門の前で止まるのではなく、そのまま敷地の中へ入ってくる。
私は一瞬、誰か知り合いかと思った。
親戚か。
近所の人か。
宅配業者が間違えて入ったのか。
そう考えて、少し待った。
でも、車のドアは開かない。
誰も降りてこない。
エンジンの音だけが、庭の中に残っている。
妙だった。
用事があるなら、すぐ玄関に来るはずだ。
間違えたなら、すぐ出ていくはずだ。
それなのに、その車は動かない。
私は胸の奥に嫌なものを感じながら、外に出た。
近づいていくと、運転席に人影が見えた。
40代くらいの男。
座席を倒し、体を沈めるようにして座っていた。
そして、スマホを触っていた。
私の庭で。
私の家の敷地の中で。
まるでコンビニの駐車場で休憩しているかのように。
その瞬間、頭に血が上った。
でも、怒鳴る前に深呼吸した。
こういう時、感情だけで動くと面倒になる。
私は車から少し距離を取り、相手に聞いた。
「すみません。ここ、うちの敷地なんですが。何かご用ですか?」
男は面倒くさそうに顔を上げた。
悪びれた様子はない。
むしろ、声をかけられたことの方が不満そうだった。
そして、こう言った。
「身体の調子が悪いので休んでました」
私は一瞬、言葉を失った。
身体の調子が悪い。
それは大変かもしれない。
本当に具合が悪いなら、救急車を呼ぶべきだ。
でも、だからといって人の家の庭に勝手に車で入っていい理由にはならない。
道路脇に停める場所がなかったのか。
近くに公園や店舗の駐車場はなかったのか。
そもそも、なぜバックでわざわざ敷地の奥まで入ってきたのか。
疑問ばかりが頭に浮かんだ。
私はもう一度、静かに言った。
「ここは私有地です。勝手に入られると困ります」
すると男は、さらに信じられない顔をした。
「ちょっと休んでただけじゃないですか」
その言い方で、完全に分かった。
この人は、悪いことをしているという意識がない。
他人の土地に入った。
家のすぐそばまで車を入れた。
住人が不安に思う。
そういう感覚が、まるで抜けている。
私はその場で車の前後の位置を確認した。
道路からどう入ってきたのか。
どのくらい敷地に入っているのか。
庭のどこに停まっているのか。
車には触らない。
近づきすぎない。
ただ、スマホで写真を撮った。
ナンバー。
停車位置。
家との距離。
道路からバックで入ってきたことが分かる角度。
全部残した。
男はそれを見て、少し表情を変えた。
「写真とか撮らないでくださいよ」
私は答えた。
「勝手に敷地に入られた記録です」
その一言で、男は黙った。
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