野外イベントで、その浴衣を見つけた時、最初はただ「きれいだな」と思った。
紺地に大きな花模様。
赤、白、水色。
派手すぎないのに、ちゃんと目を引く。
風に揺れる布の感じもよかった。
古着の浴衣が並ぶ中で、その一枚だけが妙に気になった。
何度も前を通り過ぎた。
一度は別の店も見た。
でも、結局また戻ってきた。
手に取ると、布は軽くて、思ったより状態もよかった。
「これ、着たい」
そう思った瞬間、もう買う理由は十分だった。
値段も手頃だった。
店員さんに声をかけ、袋に入れてもらった。
その時は、ただいい買い物をしたと思っていた。
まさかその浴衣が、あとで私をぞっとさせるとは思わなかった。
イベント当日、私はその浴衣を着た。
外は少し蒸し暑かった。
屋台の匂い。
人の声。
遠くから聞こえる音楽。
夏の空気が、肌にまとわりつく。
でも、不思議と嫌ではなかった。
浴衣を着ると、普段より背筋が伸びる。
歩幅も少し小さくなる。
袖の揺れが気になって、動作が丁寧になる。
私は鏡を見て、少しだけ嬉しくなった。
似合っているかどうかは分からない。
でも、その浴衣を選んだ自分は間違っていなかったと思った。
友人にも褒められた。
「いい柄だね」
「それ、古着?」
「雰囲気ある」
私は笑って答えた。
「イベントで見つけたの。なんか気になって」
その時は、ただの偶然だと思っていた。
帰宅したのは夜遅くだった。
足は疲れていた。
髪も少し崩れていた。
帯を外した瞬間、やっと体が軽くなった。
浴衣を脱いで、床に広げる。
しわを伸ばす。
袖を整える。
畳み方を思い出しながら、ゆっくり畳んでいた。
その時だった。
内側の白い布の部分に、小さな文字が見えた。
最初は洗濯表示かと思った。
でも、違う。
手書きだった。
黒いペンのような、少しかすれた文字。
私は指で布をつまんで、顔を近づけた。
何か名前が書いてある。
古着なら、前の持ち主の名前が書いてあってもおかしくない。
学校の持ち物みたいに、家族の誰かが書いたのかもしれない。
そう思いながら、よく見た。
次の瞬間、息が止まった。
そこに書かれていたのは、私の名字だった。
頭の中が真っ白になった。
一度、目を離した。
見間違いだと思った。
疲れているのだ。
夜だし、照明も少し暗い。
似た文字をそう読んだだけ。
そう自分に言い聞かせた。
でも、もう一度見ても同じだった。
私の名字。
普段、何度も書いてきた文字。
書類にも、荷物にも、予約名にも使う、あの名字。
他人の名前のはずなのに、どう見ても自分の名字だった。
背筋がすっと冷えた。
部屋の空気が、一瞬で変わった気がした。
古着の浴衣。
野外イベント。
偶然手に取った一枚。
何十枚も並んでいた中から選んだ一枚。
それを着て帰ってきて、畳んでいたら、内側に自分の名字。
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