大勢の飲み会が苦手だと話すと、たいてい笑われる。
「えー、楽しいじゃん」
「みんなでワイワイするの嫌いなの?」
「もっと話しかければいいのに」
そのたびに私は曖昧に笑う。
違う。
ワイワイが嫌いなのではない。
お酒が嫌いなわけでもない。
人が嫌いなわけでもない。
嫌なのは、大勢の飲み会で必ず発生する、あの“見えない席順ゲーム”だ。
その日も、最初は普通だった。
久しぶりの集まり。
長いテーブル。
人数は十人以上。
店員さんが料理を運び、グラスが並び、誰かが明るい声で乾杯の音頭を取った。
「今日は楽しもうね」
みんな笑っていた。
私も笑った。
最初の五分だけは。
問題は、乾杯のあとに始まる。
長いテーブルでは、会話は全員に広がらない。
必ず小さな島ができる。
右側の二人が盛り上がる。
向かいの二人も笑い合う。
斜め前の人たちは、昔話で急に距離を縮める。
そして、端の席にいる私は、気づくと誰とも会話していない。
正面の人は隣と話している。
隣の人は反対側を向いている。
遠くの笑い声は聞こえる。
でも、私のところには届かない。
私はグラスを持つ。
置く。
箸を取る。
また置く。
食べるものを探すふりをする。
スマホを見たいけど、見たら負けみたいな気がして見られない。
だから、メニューを見る。
もう注文するものなんてないのに、真剣な顔でメニューを見る。
完全に、居場所のない人の演技だ。
隣の二人は盛り上がっていた。
「それ覚えてる!」
「やばい、懐かしい!」
笑い声が近い。
でも、私には一ミリも関係ない話題だった。
無理に入ろうと思えば入れる。
でも、タイミングがない。
口を開きかけた瞬間、相手が別の話に移る。
少し笑ってみても、目が合わない。
相づちを打つほど近くない。
黙るほど遠くもない。
この中途半端な距離が一番つらい。
向かい側も同じだった。
向かいの人たちは、それぞれ隣同士で盛り上がっている。
テーブル全体で飲んでいるはずなのに、実際には二人組がいくつも並んでいるだけ。
私はその隙間に置かれた人形みたいだった。
料理は来る。
お酒も来る。
でも、会話だけが来ない。
私は思った。
これ、何の会だろう。
交流会なのか。
孤独耐久レースなのか。
会費を払って、端の席で空気になるイベントなのか。
誰かが言った。
「大勢だといろんな人と話せていいよね」
私は心の中で首を振った。
違う。
大勢だと、話せる人はさらに話す。
話せない人はさらに沈む。
声の大きい人が場を取る。
関係性が近い人同士が固まる。
そして、ちょっと出遅れた人間は、もう入れない。
飲み会は優しい顔をした椅子取りゲームだ。
しかも、椅子はあるのに座れない。
私はトイレに立った。
正確には、逃げた。
鏡の前で手を洗いながら、自分の顔を見た。
別に泣きそうな顔ではない。
でも、疲れていた。
たった一時間で、仕事より疲れていた。
戻ると、私の席だけ時間が止まっているように見えた。
周りはさらに盛り上がっている。
誰かが写真を撮っている。
誰かが料理を取り分けている。
誰かが次の店の話をしている。
私は静かに席に戻った。
すると、一人がやっとこちらを見た。
「あ、ごめん。静かだったね。楽しんでる?」
その一言が、地味に刺さった。
楽しんでいるように見えないから聞いたのだろう。
でも、そこで「楽しんでない」とは言えない。
私は笑った。
「うん、大丈夫」
大丈夫。
便利な言葉だ。
何も大丈夫ではない時ほど、口から出る。
終盤、みんなは「また集まろう」と言っていた。
私は笑顔でうなずいた。
でも心の中では、次回の欠席理由をもう探していた。
風邪。
仕事。
親戚。
用事。
何でもいい。
とにかく、この長テーブルの端に再び配置される未来を避けたかった。
帰り道、夜風がやけに気持ちよかった。
店を出た瞬間、やっと呼吸が戻った気がした。
私は人付き合いが嫌いなのではない。
一対一なら話せる。
三人くらいなら楽しい。
ちゃんと目を見て、言葉を返して、同じ話題を共有できるなら大丈夫。
でも、大勢の飲み会は違う。
そこでは、話す力よりも割り込む力が必要になる。
空気を読む力より、空気を奪う力が勝つ。
私はそれが苦手だ。
そして、苦手な人間ほど「もっと自分から行きなよ」と言われる。
その“自分から”ができたら苦労していない。
大勢の飲み会が嫌いな理由。
それは、誰も悪気がないまま、誰か一人が透明になっていくからだ。
笑い声の中で、ひとりだけ置いていかれる。
テーブルの端で、存在しているのに参加していない。
あの感じが、たまらなく苦手なのだ。
だから次に誘われたら、私はこう言いたい。
「少人数なら行きます」
大勢の飲み会で消えるくらいなら、家で温かいお茶を飲んでいた方が、よっぽど人間らしくいられる。