私は、元々は男性でした。
この一言を口にするたびに、胸の奥が少しだけ震える。
隠したい過去ではない。
でも、簡単に話せることでもない。
そこには、迷いもあった。
怖さもあった。
何度も自分に問いかけた時間もあった。
「このままでいいのか」
「本当の自分として生きていいのか」
答えは、すぐには出なかった。
周りの目が怖かった。
家族の反応も怖かった。
職場でどう見られるのかも怖かった。
それでも、私は自分の人生から逃げたくなかった。
性別適合手術を受けた。
戸籍も変更した。
簡単な道ではなかった。
手続きも、気持ちの整理も、周囲への説明も、ひとつひとつが大きな壁だった。
それでも私は、一歩ずつ進んだ。
そして今、女性として生きている。
女性バス運転手として、毎日ハンドルを握っている。
朝、制服に袖を通す。
鏡の前で身だしなみを整える。
営業所へ向かい、車両点検をする。
タイヤを見る。
ミラーを確認する。
車内を見回す。
そして運転席に座る。
その瞬間、いつも思う。
「ここまで来たんだ」
昔の私なら、想像もできなかった。
昔なら、私のような人間がバス運転手になること自体、難しかったと思う。
まして、女性として働くなんて。
きっと簡単には受け入れられなかった。
でも時代は少しずつ変わった。
社会も少しずつ変わった。
そして私自身も、変わることを諦めなかった。
もちろん、今でも全部が楽なわけではない。
何気ない視線に傷つくこともある。
言葉に詰まる瞬間もある。
説明しなければ分かってもらえないこともある。
それでも、私はこの仕事が好きだ。
バスを待っている人がいる。
通勤する人がいる。
学校へ向かう子どもがいる。
病院へ行くお年寄りがいる。
買い物帰りの人がいる。
私の運転で、誰かの日常が動いていく。
それが、たまらなくありがたい。
性別を渡っても、私は働ける。
社会の中で役割を持てる。
誰かを目的地まで届けられる。
それは、私にとってただの仕事ではない。
生きている証のようなものだ。
昔の自分に伝えたい。
「大丈夫。あなたはちゃんと前に進めるよ」
不安で眠れなかった夜。
鏡を見るのがつらかった朝。
自分の居場所がどこにもないように感じた日。
その全部が、今の私につながっている。
出来なかったことを可能にする。
それは、急に奇跡が起きることではない。
怖くても一歩出ること。
笑われても立ち止まらないこと。
自分の人生を、他人の言葉だけで決めないこと。
その積み重ねなのだと思う。
今、私はバスの運転席に座っている。
前方の信号を見る。
ミラーに映る乗客を見る。
ハンドルを握る手に、少し力を込める。
この道は、簡単ではなかった。
でも、間違いではなかった。
私は私として生きている。
女性として働いている。
そして今日も、誰かを安全に目的地まで届ける。
昔は不可能だと思われていたことも、今は現実になった。
だから私は、これからも走り続ける。
自分の人生を、自分の名前で。
自分の姿で。
出来なかったことを、可能に変えながら。