深夜の居酒屋は、カウンターの灯りとタッチパネルの淡い光だけが空間を支配していた。私はテーブルに座り、目の前のモニターでメニューを確認していた。飲み放題ルール、単品ドリンク、そして…そのとき目に飛び込んできたのは、「暴力行為 3,000円」という文字。小さなアイコンには、両手を振り上げた人のシルエット。思わず息を呑む。
「……え?」声には出さなかったが、目は釘付けになった。周囲の客たちはスマホをいじったり、談笑したりしている。誰もこの表示に気づいていないようだ。だが、私はタッチパネルを凝視し続ける。3000円で暴力行為が許される? 冗談だと思いたい。けれど、画面には確かに「お支払いいただきます」と書かれている。
心臓が少し早くなる。これは冗談なのか、本当にルールとして存在するのか。もし本当に支払えば暴力が許されるなら、この店の秩序は一体どうなっているのか。頭の中で疑問符が飛び交う。指先が自然とテーブルに触れ、冷たい感触に現実感が増す。
私はタッチパネルに手を伸ばす。操作感はいつも通り、滑らかだ。
でも心の中では「まさか、こんなルールが本当にあるのか?」と問い続ける。周囲の空気は普通。笑い声も、グラスがぶつかる音も、すべてが日常の延長のように聞こえる。でも、この画面だけは非日常だった。
私は頭を振り、深呼吸をする。「いや、冗談だろ」と自分に言い聞かせる。しかし、心の片隅には、少しの興奮と皮肉な期待が芽生えていた。もしこれが本当なら、3000円で何でもあり、現代の居酒屋文化の極地を垣間見ることになる。
タッチパネルの上で指先を止める。私は周囲を見渡した。カウンターの端に座る若いカップル、隣の一人客、みんな普通の夜を楽しんでいる。誰も気づかず、誰も疑わない。私だけが、異常なルールに直面している。
「これを試してみるべきか…?」頭の中で葛藤が始まる。現実と非現実の境目が曖昧になる。3000円を払うことで、暴力行為が許される。理屈では理解できるはずが、心は拒絶する。でも、同時に、もし本当に体験できれば、後で友人に話すネタとして最高だとも思う。
私は財布を確認し、3000円の現金を手に取る。指先が硬直する。
心臓が高鳴り、手のひらに汗が滲む。タッチパネルに表示された「お支払いください」の文字が、現実の決断を迫っているようだ。深呼吸を繰り返し、脳内でリスクと面白さを天秤にかける。
結局、私は支払わずに画面を見つめるだけにした。冷静になろうと自分に言い聞かせる。暴力行為を買うなんて、倫理的にも、常識的にもありえない。だが、皮肉なことに、たった一枚の画面が、私に小さな戦慄と興奮を同時に与えた。
しばらくして、店員が飲み物を運んできた。私は自然に微笑み、注文したドリンクを受け取る。タッチパネルをちらりと見ると、依然として「暴力行為 3,000円」の表示が残っている。思わず笑いがこぼれる。世の中には、本当に奇妙なルールが存在するものだ。
私はグラスを手に取り、一口飲む。苦味と冷たさが喉を通ると同時に、心の中で小さな皮肉をつぶやく。「3000円で暴力行為か…。神ルールだな」。笑いと呆れが混ざった感情。居酒屋の夜は、平和に見えても、画面の中には異常な世界が潜んでいるのだ。
列の端に座る私は、タッチパネルを再び見つめる。3000円で何でもありという表示。言葉では説明できない不思議な興奮と、倫理的な拒絶感が交差する。笑いを抑えながらも、私は心の中で決める。「次は友人を連れて、真相を確かめてみるか」と。
居酒屋のざわめき、冷たい空調、グラスの音。すべてが日常。しかし、あの画面だけは非日常の入り口だった。小さな金額で暴力が許されるという奇妙なルールは、皮肉混じりの笑いと、微妙な戦慄を同時に与え、私の夜を特別なものにした。