「彼女できたよ」
息子がそう言ったのは、五月の初めだった。
二十四歳。
就職して、ひとり暮らしにも少し慣れてきた頃。
親としては、そりゃ嬉しかった。
「へえ、よかったじゃない」
私はできるだけ自然に返した。
根掘り葉掘り聞くのは嫌われると思って、名前も年齢も職業も聞かなかった。
ただ、息子の少し照れた顔を見て、勝手に安心していた。
あの子にも、そういう相手ができたんだ。
ちゃんと誰かと向き合えるようになったんだ。
そんなふうに思っていた。
ところが、数日後。
息子の部屋に届け物を持って行った時、机の上に一冊のメモ帳が開いたまま置いてあった。
見るつもりはなかった。
本当に、最初は。
でも、そこに並んだ金額が目に入ってしまった。
五月二日、セブンイレブン、八百二十一円。
五月三日、松屋、七百二十円。
そこまでは普通だった。
若い男の生活費。
コンビニ、牛丼、ラーメン。
それなら何も思わない。
けれど、五月五日の行で、私の目が止まった。
「wakoo 彼女 四千九百八十円」
私は一瞬、意味が分からなかった。
彼女。
四千九百八十円。
彼女って、そういう単位で書くものだったか。
その下にも続いていた。
ファミリーマート、六百四十二円。
サイゼリヤ、五百八十円。
そして、五月十日。
「wakoo 通話延長 八千円」
胸の奥が、少しずつ冷たくなっていった。
通話延長。
つまり、時間でお金がかかっている。
さらにページを追う。
五月十四日。
「wakoo ギフト 一万二千円」
五月二十四日。
「wakoo ギフト 一万八千円」
五月二十九日。
「wakoo 応援パック 二万四千円」
私はメモ帳を持ったまま、しばらく動けなかった。
コンビニの八百円。
すき家の七百三十円。
マツモトキヨシの千二百八十円。
そういう生活の隙間に、突然、桁の違う「彼女」が挟まっている。
しかも、だんだん増えている。
彼女ができたのではなく、課金先ができたのではないか。
そんな言葉が頭に浮かんで、すぐに打ち消した。
いや、決めつけてはいけない。
今の若い子の恋愛は、親世代には分からない。
アプリで出会うこともある。
通話サービスだってある。
ギフトだって、応援だって、何か事情があるのかもしれない。
そう思おうとした。
でも、無理だった。
「通話延長八千円」は、親の理解力を軽々と飛び越えてくる。
私は息子に連絡した。
「この前言ってた彼女って、どんな子なの?」
送信してから、スマホを握ったまま待った。
既読はついた。
でも、返事はなかなか来なかった。
やっと届いた返事は、短かった。
「いい子だよ」
それだけ。
私はその一文を見て、さらに黙った。
いい子。
便利な言葉だ。
名前もない。
顔も知らない。
会ったことがあるのかも分からない。
でも、五月だけで彼女関連と思われる支出は、軽く六万円を超えている。
いい子かどうかより、まず実在しているのかを確認したい。
けれど、いきなり問い詰めれば、息子は閉じる。
二十四歳の男は、自分が騙されているかもしれないとは思いたくない。
まして親に言われると、余計に意地になる。
私はスマホの画面を見つめながら、言葉を選んだ。
「会ったことあるの?」
打って、消した。
「お金渡してない?」
打って、消した。
「それ、本当に彼女?」
打って、消した。
どれも、刃物みたいに見えた。
親として心配しているだけなのに、息子には否定されたように聞こえるだろう。
だから私は、まだ返事ができていない。
メモ帳の写真だけが、手元に残っている。
見れば見るほど、生活感と不穏さの落差がすごい。
セブン。
松屋。
ローソン。
すき家。
その間に、wakoo。
まるで普通の家計簿に、突然ラスボスが混ざっている。
息子はたぶん、恋をしているつもりなのだろう。
画面の向こうの声に励まされ、言葉をもらい、必要とされている気になっているのかもしれない。
それを全部笑うつもりはない。
寂しい時、人は優しい言葉に弱い。
二十四歳でも、四十四歳でも、六十四歳でも同じだ。
ただ、親としては思う。
本当に彼女なら、応援パックより先に、せめて一度くらい会ってほしい。
通話延長に八千円払う前に、牛丼を一緒に食べられる相手か確認してほしい。
愛情が課金ボタンの先にしかないなら、それは恋ではなく、月額制の夢だ。
今夜、息子に電話しようと思う。
怒鳴らない。
笑わない。
ただ聞く。
「その子、あなたがお金を使わなくても、そばにいてくれる子?」
親の小言だと思われるかもしれない。
でも、これだけは言わせてほしい。
彼女ができたと聞いて嬉しかった。
でも、メモ帳を見た今、私が知りたいのは恋の進展ではない。
息子の財布と心が、ちゃんと無事かどうかだ。