「ママ、それ言ったら相手が悲しむから、私はそんなこと言いたくない」
小6の娘にそう言われた時、私は少し恥ずかしくなった。
娘は学校で、同級生の男の子に
「こっち見んな、ばーか」
と言われたらしい。
私は腹が立ってしまって、
「そんなの、“誰がお前なんか見るかよ”って言い返せばいいじゃん!」
と、大人気なく言ってしまった。
でも娘は、静かに首を振った。
「嫌なこと言われても、私はそんな言い方したくない」
その言葉に、私は反省した。
でも同時に、不安にもなった。
こんな優しい子が、これから傷つけられ続けたらどうしようって。
数日後。
たまたま学校帰り、その男の子を見かけた。
娘は少し表情を固くしたけど、逃げる様子はなかった。
私は思い切って、その子に話しかけた。
怒鳴るつもりじゃなかった。
ただ、「人を傷つける言葉は、自分にも返ってくるんだよ」とか、
「優しい子を傷つけないでほしい」とか、
そんな“きれいごと”を、ちゃんと伝えたかった。
でもその男の子は、途中から顔を歪めて泣き出した。
それを見て、すぐに親が飛んできた。
そして開口一番、
「うちの子泣かせたの、あなたですか!?」
事情を説明しようとしても、全く聞かない。
「子ども相手に大人げない!」
「うちの子を悪者にするんですか!?」
私はその瞬間、全部わかってしまった。
ああ、この子は“悪いことをした”感覚がないんだ。
叱られた経験も、
相手を傷つけた実感も、
きっと曖昧なまま育ってる。
そして、それを許しているのがこの親なんだ、と。
正直、怖くなった。
こんなふうに、
「うちの子は悪くない」
だけで押し通す大人がいる世界で、
娘はこの先、
ちゃんと優しいままで生きていけるんだろうかって。
するとその時だった。
ずっと黙っていた娘が、
私の服を軽く引っ張って言った。
「ママ、大丈夫だよ」
そして、泣いている男の子を見ながら、
小さな声でこう言った。
「この子、笨蛋じゃないよ」
私は少し驚いて娘を見た。
すると娘は続けた。
「悪い子なんだよ」
「だから、離れればいいだけ」
「行こう、ママ」
その瞬間、
私はハッとした。
私はずっと、
“悪い人を変えなきゃ”
って思っていた。
でも違った。
悪い人は、きっと消えない。
理不尽も、
意地悪も、
黒白のわからない大人も、
たぶんこれからもいる。
でも――
娘には、
“悪い人を見抜く目”がちゃんと育っていた。
優しいだけじゃない。
ちゃんと距離を取れる強さも、持っていた。
帰り道、
娘の後ろ姿が少しだけ頼もしく見えた。
そして私は、
守らなきゃと思っていたのに、
本当は私のほうが、大事なことを娘から教わっていたんだと思った。
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