電車の揺れる音が一瞬、悪夢のノイズに変わった。
混雑した車内、背後から不自然な気配が迫り、次の瞬間、私のパンツの中に汚い手が滑り込んできた。
反射的に体を震わせ、私は迷わずその男の腕を強く掴んだ。
「離さない。駅員を呼べ。」
低く冷めた声が車内に響く。相手は四十代後半の男性、スーツを着て一見まともな会社員に見える。だがその手の感触、その目の濁りは、紛れもない異常者だ。
男は焦ってもがき、小声で「すみません、間違えただけだ」と言い訳を並べる。
「間違えて、人の下着に手を入れる?」
私は力を込めて腕を掴み続け、次の駅に停車した瞬間、その男を引きずるように車外へ出た。
駅員が駆けつけ、状況を聞いた瞬間、男の顔から血の気が完全に引いた。
ここまでは、ただの悪質な痴漢トラブルだった。
だが、地獄のような展開はここからだ。
――数十分後。
駅の事務室に、女の人と幼い女の子が連れてこられた。
男の妻だというその女性は、顔を真っ赤に腫らし、目に涙を溜めている。隣にはまだ四歳程度の小さな女の子が、母親の袖を握って不安そうにこちらを見つめていた。
私が何か言う間もなく、その妻は突然床に膝をつき、頭を地面に擦りつけた。
土下座だった。
「お願いです……! この子から、父親を奪わないでください……!」
震える声が狭い部屋に響く。幼い娘も母親の真似をするように、小さく頭を下げ、ぽつりと呟いた。
「おねえちゃん、パパを返して……」
――ここで一つ目の矛盾が突きつけられる。
悪質な性犯罪を犯したのはこの男なのに、謝罪も被害への反省もなく、ただ「家庭が壊れる」「子供が可哀想」で、被害者である私が悪者にされる。
駅員も、間に入った警察官も、微妙な空気を漂わせる。
「お客さん、確かに悪質な行為ですが、小さい子供もいる家庭です。示談で穏便に済ませるのも……」
私はその言葉を遮った。
「穏便に? 私がされたことを知っていますか?」
私は冷めた目で男を睨みつける。
「ただの接触痴漢じゃない。完全に下着の中に手を入れられた、極めて悪質なわいせつ行為です。私は今、全身に鳥肌が立って、気持ち悪くて吐き気がしています。夜も眠れなくなるかもしれない。一生残るトラウマになるかもしれない。」
それでも妻は泣き崩れ、必死に頭を上げずに懇願し続ける。
「金ならいくらでも用意します! 示談金をお渡ししますから、不起訴にしてください……! この子には父親が必要なんです……!」
――二つ目の矛盾。
加害者は金さえ払えば何事もなかったかのように普通の生活に戻れるのに、被害者の心の傷は一生消えない。性犯罪の低すぎるコスト、理不尽な世界のルール。
周囲の空気は完全に私に圧力をかけてくる。
子供が可哀想だ、家庭が壊れる、少しは大目に見てやれ——
だが私は、一滴の同情も湧かなかった。
私は一歩前に出て、土下座する妻と、怯える子供を真っ直ぐ見下ろし、はっきりと言い放った。
「家庭が壊れるのは、私のせいじゃない。」
私の声は一切揺れない。
「この人が、自分の欲望を抑えられず、電車で見知らぬ女にわいせつ行為をしたから、壊れるんです。」
「子供から父親を奪ったのは、私じゃない。この人自身です。」
妻の泣き顔が一瞬固まる。周囲の勧める声も完全に沈黙する。
私は続ける。
「可哀想なのは子供だけ。だけど、可哀想な子供を利用して、犯罪を逃れようとするのは違う。」
「私のトラウマ、私の恐怖、私が受けた侮辱。それを全部無視して、『家庭があるから許せ』なんて通用しません。」
男は顔を上げ、憎しみに近い目で私を見る。
「お前、俺の家庭を壊して楽しいのか?」
「楽しくない。だけど、許すわけもない。」
私は差し出される示談金の話を一蹴する。
「示談金はいりません。金で汚されたくない。」
「この人がしたことは、しっかり罪として裁かれるべきです。
」
警察官は私の固い意志を確認し、諦めて書類手続きを進め始める。
妻は絶望し、泣き崩れて地面に崩れ落ちる。幼い娘は何が起きているか分からず、ただ母親の泣き顔を見て、一緒に泣き出した。
私は一歩も引かなかった。
――結末(大快人心)
その後、男の悪質なわいせつ行為は立証され、不起訴どころか正式に起訴された。
会社員としての地位を失い、犯罪履歴が残り、社会的に完全に死んだ。
普段は普通の父親、普通の夫として生活していた性犯罪者は、自分の犯した醜い行いの代償を、全て自分で払うことになった。
後から思う。
世の中には、こんな風に「家庭があるから」「子供がいるから」と、被害者に我慢を強い、犯罪を見逃す空気が溢れている。
だが、どんな綺麗な家庭があろうと、犯罪者に同情する必要などどこにもない。
土下座で懇願する家族も、金で解決しようとする下心も、全部、悪行の後に付いた甘い幻想に過ぎない。
私は間違っていない。
被害者の権利を守り、正義を貫いた、最高の判断だ。
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