買い物しようとモールの駐車場に着いて、車のドアを開けて降りた――その瞬間だった。
目の前に車が突っ込んできた。
「うわっ!」
思わずドアを押して体を引く。
タイヤが「キィィィ!」と悲鳴を上げ、車は俺の目の前で急停止した。
車の先端は、俺の膝からほんの数十センチ。
あと一歩遅れていたら、完全に轢かれていたと思う。
「危ねえだろ!!」
怒鳴ろうとした、その瞬間。
ドアが勢いよく開いた。
運転席から出てきたのは、50代くらいのおっちゃんだった。
だが――様子がおかしい。
顔が真っ青。
額には汗。
そして腹を押さえている。
俺と目が合ったが、謝るでもなく――
そのまま全力ダッシュ。
「え、ちょっと待てよ!」
言い終わる前に、おっちゃんは走り出していた。
向かった先は――
モールのトイレ。
俺はしばらくその場に立ち尽くした。
さっきまで怒鳴ろうとしていたのに、状況が理解できない。
車は駐車スペースでもなんでもない場所に、
ヤンキー停め状態で止まっている。
エンジンはかけっぱなし。
ドアは半開き。
完全に放置。
近くにいた買い物客の女性が声をかけてきた。
「大丈夫でした?」
「いや、まあ…」
まだ心臓がドキドキしている。
「今の、完全に危なかったですよね」
「ですよね…」
周りの人たちもざわつき始めた。
「今の運転ヤバくない?」
「人轢きそうだったよ」
「警察呼んだ方がいいんじゃない?」
確かに、普通ならそうだ。
俺もだんだん腹が立ってきた。
「さすがに文句くらい言わないと…」
そう思いながら、トイレの方を見る。
だが――
出てこない。
五分。
十分。
十五分。
「長くない?」
誰かが言った。
「具合悪いんじゃない?」
「救急車レベルでは…」
その時。
トイレのドアが開いた。
あのおっちゃんが出てきた。
さっきとは別人みたいな顔だった。
まだ少し青いが、
どこか生まれ変わったような安堵の顔。
そして俺を見るなり――
突然、深々と頭を下げた。
「すみませんでした!!」
声が駐車場に響く。
周りの人たちも一瞬静まり返る。
「轢きそうになって本当にすみません!」
そこまでは普通の謝罪だった。
だが、次の言葉で空気が変わった。
「でもあのままだったら…」
一呼吸置いて、おっちゃんは言った。
「確実に漏れてました。」
一瞬の沈黙。
「……」
「……」
そして次の瞬間。
「ぷっ」
「ははは…」
周りから笑いが漏れた。
俺も思わず笑いそうになる。
おっちゃんはさらに続けた。
「さっきから腹が限界で…」
「信号も全部無視する勢いでここまで来て…」
「トイレ見えた瞬間、もう限界で…」
そして小さく言った。
「さっきのブレーキも…正直、最後の力でした」
周りの人が笑いながら言う。
「いや、危ないけど分かる」
「それは人生最大の危機だな」
俺もため息をつきながら言った。
「まあ…」
「間に合ったなら良かったです」
おっちゃんはまた頭を下げた。
「本当にすみません」
「でも本当に助かりました」
少し笑って言う。
「人生最大の危機でした」
その言葉に、駐車場の空気が一気にゆるんだ。
誰かが言った。
「でも次からは余裕持ってくださいよ」
おっちゃんは苦笑いした。
「はい…」
そして最後に言った。
「腹にも運転にも、余裕が大事ですね。」
さっきまでの緊張が嘘みたいだった。
俺は車に乗り込みながら思った。
人生にはいろんな危機がある。
だが――
あそこまで必死な顔は、なかなか見ない。