ベビーカーでバス待ってただけなのに、営業された。
朝。
やっと支度して、子どもを連れて家を出て。
時間ぴったりにバス停に着いた。
すでに数人並んでいて、私は最後尾にベビーカーをつけた。
「間に合った…」
そう思って、ほっとしたのも束の間。
後ろから、声をかけられた。
「すみません、少しだけお時間いいですか?」
振り返ると、スーツの人。
なんとなく嫌な予感がして、すぐに言った。
「急いでるので無理です」
でも。
「1分だけなんで」
食い下がってくる。
「いえ、本当に急いでるので」
そう言っても、引かない。
むしろ一歩近づいてくる。
「子育て世代こそ、ちゃんと考えた方がいいですよ」
その一言で、空気が変わった。
……は?
何それ。
こっちは今、子ども抱えて、時間見ながら動いてるのに。
でも、子どももいるし、ここで言い合うのも嫌で。
私はぐっと飲み込んだ。
「すみません、やめてください」
できるだけ冷静に言った。
すると、周りの人たちも少しこちらを見る。
空気が、少しだけ変わる。
その瞬間。
相手の態度が、急に柔らかくなった。
「あ、すみません…よかったらこれ…」
差し出してきたのは、コーヒー券。
「またお時間ある時に、お茶でもしながらお話を…」
……は?
さっきまであんなにしつこかったのに。
急にそれ?
正直、もう関わりたくなかった。
でも。
一瞬だけ考えて、私はそれを受け取った。
そして、そのまま。
後ろに並んでいた人に差し出した。
「すみません、この人に時間取られたので」
その瞬間。
空気が、ピタッと止まった。
後ろにいたおばあさんが、はっきりした声で言った。
「断られてるのに、続けるのはダメですよ」
静かだけど、よく通る声だった。
「営業でもね、相手が嫌だって言ったら引くのが当たり前です」
その人は、少し間を置いて続けた。
「しかも、子ども連れてる人を止めるなんてね」
周りの人たちも、ぽつぽつと頷き始める。
「さっきから見てたけど、ちょっとしつこかったよね」
「並んでるのにあれは困るわ」
さっきまで、誰も何も言わなかったのに。
一気に、流れが変わった。
その人は、完全に言葉を失っていた。
さっきまでの余裕は、もうない。
「すみません…」
小さくそう言って、頭を下げるしかなかった。
私はそれ以上何も言わなかった。
子どもを軽くあやしながら、前を向く。
しばらくして、バスが来た。
前の人が少しスペースを空けてくれる。
「どうぞ」
その一言で、胸の中のモヤモヤが少しだけ軽くなった。
ベビーカーを押して、バスに乗る。
席の近くに立ちながら、ふっと思った。
さっきのコーヒー券。
あれ、受け取らなくてもよかったのかもしれない。
でも。
ああやって渡したことで、
ちゃんと「おかしい」って空気が生まれた。
それで、よかった。
子育てしてると。
時間って、本当に貴重になる。
1分でも、10分でも。
その積み重ねで、全部回してる。
それなのに。
「少しだけ」って簡単に言ってくる人。
断っても、引かない人。
正直、それが一番しんどい。
でも今日、思った。
ちゃんと見てる人は、見てる。
そして、言ってくれる人もいる。
あのおばあさんの一言。
あれがなかったら、たぶんずっとモヤモヤしてた。
コーヒー券より。
あの一言の方が、ずっとありがたかった。
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