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「駅のトイレの列で、泣きそうな男に順番を譲った。」すると後ろから「ふざけんな」「お前にそんな権利あるのか」と怒声。私は黙って最後尾へ並び直した。そのとき後ろにいた男性が言った。
2026/03/08

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駅の個室トイレの前で、長い列に並んでいた。

朝の通勤時間帯だった。
改札の近くにあるトイレはいつも混む。
この日も、個室トイレの前には十人近い列ができていた。

しばらく待って、ようやく自分の番が近づいてきた。

次が空けば、やっと入れる。
そんなタイミングだった。

そのときだった。

突然、目の前に一人の男性が現れた。

顔色が悪く、明らかに焦っている。
今にも泣きそうな顔だった。

男性は私の前で立ち止まると、手を合わせるようにして言った。

「すみません……本当に、漏れそうなんです」

声は震えていた。

「先に入らせてもらえませんか。お願いします」

周りの人もその様子を見ていた。

私は一瞬だけ迷った。

確かに、列には順番がある。

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でも、その人の顔を見た瞬間、答えは決まっていた。

「どうぞ」

私はそう言って、横にずれた。

男性は何度も頭を下げながら個室に入っていった。

その姿を見ながら、私は心の中で思った。

まあ、こういう日もあるよな。
今日はちょっといいことをしたかもしれない。

そう思った、次の瞬間だった。

後ろから怒鳴り声が飛んできた。

「ふざけんなよ!」

振り返ると、列の後ろにいた男性がこちらを睨んでいた。

「お前にそんな権利あんのか?」

周りの空気が一瞬で変わった。

私は何か言い返そうかと思った。

確かにルールからすれば、順番を変えたのは事実だ。
でも、さっきの人の顔を見れば、事情は明らかだった。

「うるせぇ、本人が限界だって言ってるだろ」

そう言い返してやろうかとも思った。

だが、ここは駅のトイレ前。
朝の混雑した時間。

ここで言い争いになれば、余計に周りを巻き込んでしまう。

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私は一度深呼吸をした。

そして何も言わずに、列から離れた。

静かに最後尾へ歩いていく。

まあ、仕方ない。

自分が譲ったんだから、最後に並び直すのが筋だろう。

そう思って列の最後に立った。

すると、さっき私の後ろにいた男性が近づいてきた。

年は四十代くらいだろうか。
スーツ姿で、落ち着いた雰囲気の人だった。

彼は少し笑いながら言った。

「今の、いいことしましたね」

私は思わず驚いた。

「いや……どうなんですかね」

そう答えると、彼は首を振った。

「いや、あの人本当に限界そうでしたよ」

そして少しだけ声を落として言った。

「さっき怒鳴ってた人、ああいう人なんでしょう」

私は苦笑した。

すると彼は、少し考えるような顔をしたあと、こう言った。

「じゃあ、俺も最後尾に並びます」

私は思わず聞き返した。

「え?」

「あなたが譲ったんだから、本当はあなたがこの位置ですよね」

そう言って彼は、私の後ろに立った。

その様子を見ていたのか、さらに後ろにいた若い男性が声をかけてきた。

「じゃあ、自分も後ろ行きます」

気づけば、列が少しだけ動いた。

さっきまで私がいた場所には、誰もいない。

その代わり、私の後ろに二人並んでいる。

私は少しだけ胸が温かくなった。

数分後、トイレのドアが開いた。

さっきの男性が出てきた。

顔色はかなり戻っていた。

彼は列を見て、一瞬驚いた顔をした。

そして私を見つけると、深く頭を下げた。

「本当にありがとうございました」

私は軽く手を振った。

「大丈夫ですよ」

そのあと、列は何事もなかったようにゆっくり進んでいった。

怒鳴っていた男性も、もう何も言わなかった。

結局、誰も揉めることなく、全員が順番にトイレを使うことができた。

たいした出来事じゃない。

ただ、駅のトイレで少し順番が動いただけの話だ。

でも、その日私は思った。

世の中には、確かに文句を言う人もいる。

でも同じくらい、ちゃんと見ている人もいるんだと。

あのとき、後ろの男性が言った一言。

「いいことしましたね」

それだけで、さっきまでの小さな嫌な気持ちは、すっかり消えていた。

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