夕方の電車は、いつも独特の空気がある。
仕事帰りの疲れた会社員。買い物帰りの高齢者。学校帰りの学生。
座席はほぼ埋まり、つり革もいっぱいだった。
私はドア横に立ちながら、次の駅まであと何分かをぼんやり考えていた。
その時、優先席の方から視線が集まっているのに気づいた。
何だろうと思って見ると——
一人の母親が、まるで自宅のソファのように座っていた。
子どもは座席に横になって熟睡。
母親はその隣で深く腰掛け、足を投げ出してスマホを見ている。
さらに大きなバッグまで座席に置いていた。
つまり——
二人で三人分の席を使っていた。
しかもそこは、優先席。
目の前には杖を持った高齢男性。
少し離れた場所には、お腹の大きい女性も立っている。
でも母親は、一度も顔を上げない。
子どもが寝るのは仕方ない。
疲れて眠ってしまうこともある。
問題は、その隣で当然のようにくつろぐ大人の態度だった。
周囲の人たちも同じことを思っていたのだろう。
何度も視線が向く。
でも誰も言わない。
「言ったら面倒そう」
その空気が車内に漂っていた。
次の駅でさらに人が乗ってきた。
杖の男性がバランスを崩し、つり革にしがみつく。
それでも母親はスマホをスクロールするだけ。
その瞬間、私の中で何かが切れた。
私は優先席の前まで歩き、静かに声をかけた。
「すみません。席、少し詰めてもらえますか?」
母親が顔を上げる。
明らかに不機嫌そうだった。
「見て分かりません?子ども寝てるんですけど?」
車内がしんと静まった。
私は落ち着いて言った。
「見えてます。だから、お子さんはそのままで大丈夫です」
「でも、バッグは膝に置けますよね?」
周囲の空気が変わった。
何人かが小さくうなずくのが見えた。
母親は舌打ちしながらバッグを抱えた。
でもまだ終わらない。
「子育てしたことない人には分からないでしょうね」
出た。
“子育て盾”。
私は少しだけ笑って答えた。
「子育ては大変だと思います」
「でも、大変な人ほど周りに気を使ってる人、たくさん見てます」
後ろから、年配の女性が口を開いた。
「そうよ。私も3人育てたけど、優先席でそんな座り方したことないわ」
続いて、杖の男性がぽつりと。
「子どもは悪くない。親が見本になるんや」
完全に流れが変わった。
母親の顔が赤くなる。
スマホを強く握りしめ、何か言い返そうとする。
でも言葉が出ない。
その時、寝ていた子どもが起きた。
「ママ、なんでみんな見てるの?」
車内に微妙な沈黙が落ちた。
母親は慌てて子どもを起こし、荷物を抱える。
次の駅でドアが開くと、誰とも目を合わせず飛ぶように降りていった。
去り際、子どもだけがこちらを見て小さく会釈した。
それが妙に切なかった。
空いた席には、杖の男性と妊婦さんが座った。
車内の空気がふっと軽くなる。
年配の女性が私に笑いかけた。
「言ってくれてありがとう」
私は首を振った。
「みんな思ってたことを、口にしただけです」
本当にそうだった。
誰か一人が声を出せば、我慢していた人たちの気持ちは繋がる。
逆に、誰も言わなければ——
非常識な人はそれを“許されている”と勘違いする。
子育ては大変だ。
でも、それは他人を踏み台にしていい理由にはならない。
優先席は、強い態度の人の席じゃない。
本当に必要な人の席だ。