「風が強い日くらい、少し斜めに停めてもいいだろ。」
そう思ったのが、すべての始まりだった。
その日、私は郊外の大型店舗の駐車場に車を入れた。天気はいいが、とにかく風が強い。ドアを開けた瞬間に持っていかれそうなほどで、周囲の車のドアパンチ被害が頭をよぎった。
以前、隣の車にドアをぶつけられ、修理代で痛い目を見たことがある。だから今回は慎重になった。
空いているスペースを見つけ、私は白線の右寄りギリギリまで車を寄せた。少し線を踏んでいたが、左側に余裕ができれば隣の車が開けても当たらない。
「これで完璧だ」
そう満足して買い物へ向かった。
一時間後。袋いっぱいの荷物を抱えて戻ってきた私は、その場で固まった。
隣に、シルバーのコンパクトカーがピタッと停まっていた。
しかも、相手は白線内にきっちり収まり、こちらのドア側だけがほとんど開かない。私の車は右寄りに停めているせいで、運転席側のスペースも狭い。
つまり――自分で自分を詰ませていた。
「は? なんでわざわざここに停めるんだよ……」
周囲には空きスペースがいくつもある。
なのに、よりによって私の隣。
私はイラつきながら、助手席側から無理やり荷物を積み込もうとした。買い物袋が引っかかり、卵のパックが落ちる。腰まで痛くなってきた。
その時だった。
シルバーの車の持ち主らしき初老の男性が、店の入口からゆっくり歩いてきた。
私は思わず声をかけた。
「すみません、もっと他に空いてる場所ありましたよね?」
男性は車を見て、静かに答えた。
「ありましたよ。」
「じゃあ、なんでわざわざここに?」
男性は私の車のタイヤが白線を踏んでいるのを指差した。
「あなたが“ここは自分だけ広く使います”って停め方していたから、普通に停めたまでです。」
周囲にいた数人がこちらを見た。私はムッとして言い返した。
「今日は風が強いんですよ。ドアぶつけられたくないから少し寄せただけです。」
すると男性は小さく笑った。
「なるほど。あなたは自分の車を守るために、他人のスペースを使っていいと。」
言葉に詰まった。
さらに男性は続けた。
「風が強いなら、端の空いてる場所に停めればいい。誰も隣に来ないところはいくらでもありましたよ。
」
確かに、駐車場の奥には空きがあった。歩くのが面倒で、入口近くに停めたのは私だ。
「でも、ドアパンチされたら困るし……」
苦しい言い訳だった。
男性は最後にこう言った。
「みんな困ることを我慢して、線の中に停めてるんです。」
その一言が、妙に刺さった。
周囲の空気が一気に私へ冷たくなった気がした。若い女性が隣でぼそっと言う。
「こういう人、たまにいるよね……」
顔が熱くなった。
私は何も言えず、助手席から乗り込んで車を出した。
バックミラー越しに見ると、男性は何事もなかったように自分の車へ乗り込み、きれいに発進していった。
その夜、私は昼間の写真をSNSに上げようとしてやめた。
“非常識な隣の車に嫌がらせされた”
そう書くつもりだった。だが、今なら分かる。非常識だったのは私の方だ。
翌週、同じ店へ行った。
また風が強かった。だが私は入口近くを避け、駐車場の奥の端に停めた。白線の真ん中に、まっすぐ丁寧に。
少し歩くことになったが、不思議と気分は悪くなかった。
車を降りる前、私は小さくつぶやいた。
「制裁されたのは、隣の車じゃなくて俺だったな……」
強風の日に奪おうとした一台分の得は、たった数分で全部返ってきた。公共の場所では、ズルした人間から恥をかく――それだけの話だった。