その日のランチは、いつも通りの雑談だった。
仕事の話、上司の愚痴、週末の予定。
そんな中で、突然出てきたのがあの一言だった。
「“今から帰る”ってLINEしてる夫、だいたい仕事できないよね」
思わず箸が止まった。
「え、普通に言ってるけど」
私はすぐにそう返した。
だって、実際そうしてるし、
特に問題だと思ったこともなかった。
すると彼女は、少しだけ笑って言った。
「取引先にさ、“今から行きます”って送る?」
一瞬で、言葉に詰まった。
……確かに言わない。
普通は、
「◯時◯分頃に伺います」
って送る。
時間をはっきり伝えるのが当たり前だ。
「それと同じだよ」
彼女は淡々と続けた。
「奥さんにもスケジュールあるでしょ」
「夕飯の準備も、お風呂も、子どものことも」
「全部、夫の帰る時間に合わせて組んでるの」
私は何も言えなかった。
今まで、そんな風に考えたことがなかった。
「“今から帰る”って言われたらさ」
「奥さんは頭の中で計算するの」
「何分後?電車?渋滞?ご飯どうする?」
その一つ一つが、妙にリアルだった。
想像できてしまった。
「でも、“19時20分頃に着く”って一言あれば」
「全部合わせられるの」
「それだけで、全然違うよ」
たったそれだけの違い。
でも、確かに大きい。
「仕事できる人ってさ」
彼女は最後に言った。
「相手の段取りを考えて連絡するでしょ?」
「それを家でやらない人って、本質的に同じだと思うよ」
その言葉が、一番刺さった。
私はその日の午後、少し考えながら仕事をしていた。
自分はどうだったか。
“今から帰る”
それで終わらせていた。
相手にどう伝わるか、
その後どう動くか。
そこまで考えたことはなかった。
ただ、自分が“帰るよ”と伝えたかっただけ。
それは確かに、自己満足だったのかもしれない。
その日の仕事終わり。
スマホを手に取った。
少しだけ考えてから、LINEを打つ。
「今日は19時45分頃に着くわ」
送信ボタンを押したあと、
少しだけ緊張した。
しばらくして、返信が来た。
「ありがとう。じゃあ、その時間に合わせてお風呂沸かすね」
それだけだった。
でも、なぜかすごく軽くなった。
たった一言変えただけなのに。
今まで気づかなかったことに、気づいた感じがした。
帰り道、ふと思った。
“今から帰る”は、自分の都合。
“19時45分頃に着く”は、相手への配慮。
ほんの少しの違い。
でも、それで家の空気は変わる。
私はその日、初めて理解した。
気が利くって、特別なことじゃない。
相手の時間を、ちゃんと想像することなんだ。
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