私は、ただ少しだけ立ち止まった。
ほんの数秒、長く見ただけだった。
本当はもう一歩、前に出ていた。
朝のラッシュが一段落した地下鉄の出口。
人の流れはまだ残っていて、ポケットの中でスマホが震えた。
返信しようと視線を落としかけた、その前に、前方の光景が目に入った。
白杖を持った男性が、エスカレーターの入口付近に立っていた。
前に進むでもなく、下がるでもなく、ただそこに立っている。
白杖で床を軽く確かめるように叩きながら、何かを探しているようでもあり、方向に迷っているようでもあった。
人は次々とエスカレーターに乗っていくのに、彼だけが動かない。
何かがおかしい、とまでは言えなかった。
押されているわけでも、明らかに困っている様子でもない。
ただ「立ち止まっている」だけ。
それなのに、胸の奥が少しざわついた。
私は歩くスピードを落とした。
その時、少し離れた場所で、ベビーカーを押したお母さんも足を止めた。
片手でハンドルを握り、もう片方の手で無意識に子どもの上をかばうような仕草をしている。
ベビーカーはエスカレーター手前の平らな場所にあり、人の流れ次第では簡単にバランスを崩しそうだった。
さらに前方では、白髪の高齢の男性が階段を降りようとしていた。
杖を頼りに一段一段進もうとするが、足先が段の縁にかかり、ほんの一瞬、ためらうのが見えた。
三人。
白杖の人。
高齢者。
子どもを連れた母親。
まだ、何も起きていない。
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