仕事の後、友人と軽く飲みに行くつもりで入った居酒屋だった。
パソコンを開き、次の会議の準備をしながら、ひたすら資料を広げていく。飲み物の注文も、最初は「後で」と軽く済ませていた。だが、その「後で」のつもりが、結局1時間以上も続いていた。
私はただ、会話の流れの中で資料を整理し、打ち合わせを進めようとしていた。それはただの小さな仕事の延長だった。しかし、その時間が店員にとってどれほど重く、居酒屋の本来の目的から外れていたか、私は気づいていなかった。
「すみません、ご注文はどうされますか?」
店員が声をかけてきた。私は手を止めることなく、画面を見たまま答える。
「あとで。」
しかし、それが他のお客さんや店員にどれほど不快感を与えていたのか、私は全く意識していなかった。あの時、少しでも他の客を気にしていたら、すぐに注文していたかもしれない。しかし、私はただ、自分の仕事に没頭していた。
しばらくして、店員が再び私たちの席に来た。
あの時、彼の目には明らかに疲れが見えた。それでも、私の方には特に気配りもせずに、一度目を合わせたあと、口を開く。
「すみません。ここは居酒屋です。コワーキングスペースじゃありません。」
その言葉に、私は一瞬固まった。お店の雰囲気が突然冷たくなり、まるで私が居酒屋という場所を理解していないかのように感じた。会話の途中で黙り込んでいた友人の視線が鋭くなり、周りの客たちも私たちに気を使うようになった。
だが、驚くことに、その店員の言葉に私が反応してからの数秒間、私は冷静になった。まさか自分がそんな目で見られていたとは思わなかった。実際には、私も店員に対して感謝していたはずだ。しかし、私はその感情を無視して、あたかも「ここにいても何も問題ない」と思っていた。
その瞬間、私は自分の行動を反省した。会議をしていたわけではなく、ただの一杯の飲み物すら注文しないことで、他人に迷惑をかけていたことに気づいた。
私があれだけ時間を無駄にしていたこと、そしてそれに気づかないまま、さらに会議を続けていたことが本当に間違いだったと、心の中で強く感じた。
しかし、その後、店主が現れた。
「すみません、お待たせしました。」
店主は何も言わず、ただ1本の缶コーヒーを静かに私のテーブルに置いてくれた。60円の缶コーヒー。
それを見て、私は思わず頭を下げてしまった。店主が何を意図してこの行動を取ったのか、それは私には一瞬で理解できた。店員の言葉から始まり、店主の行動まで、すべてが私に対する警告だった。私は完全に自分勝手で、他人の立場を考えずに行動していたことに気づかされた。
そして、私はその缶コーヒーを手に取り、心から感謝を込めて言った。
「すみませんでした。」
その後、友人とともに、私たちは注文をし、普通に食事を楽しんだ。それまでの不安と重苦しい雰囲気が、一瞬で解けていった。
店主の行動、そして店員の言葉。それらが私に教えてくれたのは、ただのマナーの問題ではない。私は、その瞬間、自分の態度や行動が周りにどれほど影響を与えているのかを理解することができた。それは、ただの「お金を払う場所」ではない、他人と共存する場所だということを。
私は、この出来事から学んだ。
何気ない一言が、どれだけの影響を与えるのか。
60円の缶コーヒーが、どれだけ大きな意味を持つのか。
そして、ただの「客」ではなく、居酒屋に来る一人ひとりが、この場所を作り上げているのだということを。