「ガタッ!」
テーブルが弾かれた。
次の瞬間、冷たいジュースが膝に全部かかる。
息が止まった。
振り向くと、小さい男の子が通路を全力で走っていく。
笑いながら。靴のまま座席を踏みながら。
その後ろ。
親らしき2人は——
スマホ。
こっちすら見ない。
……え?
ここ、13時間の夜間フライトなんだけど。
機内は消灯中。
みんな毛布にくるまって、やっと眠りに落ちた空間。
その中を、
「キャーー!!」
金切り声。
また走る。
またぶつかる。
私の前の座席も何度も蹴られる。
「トン、トン、トン、トン」
振動が背中に響く。
でも誰も言わない。
言えない。
空気は重いまま、時間だけ過ぎる。
やがて客室乗務員が来た。
小声で、丁寧に。
「お席でお過ごしいただけますか?」
親はうなずく。
でも——
5分後、また走る。
2回目の注意。
今度は少し強めに。
それでも親は、
「すみませーん」と笑うだけ。
行動は変わらない。
私はもう眠れない。
周りも、みんな目を開けている。
誰も怒鳴らない。
ただ、疲れている顔だけが並ぶ。
そして着陸。
シートベルトサインが消え、
親子は真っ先に立ち上がった。
その足元。
床にはお菓子の袋、
濡れたティッシュ、
ぐしゃぐしゃのエチケット袋。
まるで小さな嵐が通った後。
でも親は——
何も拾わず、出口へ向かおうとする。
そのときだった。
客室乗務員が、静かに前に立つ。
声は穏やか。でも、はっきり。
「お子さんではなく、保護者の方にお願いしております」
空気が止まる。
「こちらの座席周辺の清掃をお願いいたします」
親の動きが止まった。
周りの乗客も、初めて顔を上げる。
後ろの席から、ぽつりと声がした。
「子どもは汚しますよ。でも、そのまま帰る大人は教育しない」
静かだった機内に、
小さな「そうだ」という空気が広がる。
誰も怒鳴っていない。
でも、誰も目を逸らさない。
親はしゃがんだ。
無言で、ゴミを拾い始める。
その光景を見ながら、私はやっと深く息を吐いた。
ああ。
これは「子どもに優しくない社会」じゃない。
ただ——
責任を放棄した大人に、優しくないだけなんだ。
その瞬間、機内の空気は少しだけ軽くなった。
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