あの日、私はただ晩ご飯を食べたかっただけだった。
残業が長引き、時計を見るとすでに夜の九時半を回っていた。冷蔵庫の中は空っぽ。今からスーパーへ行く気力もない。
「今日はバーキンでいいか……」
そう思ってUber Eatsを開き、ワッパーセットを注文した。
注文完了。
あとは待つだけ。
そう思っていたのだが、二十分ほど経った頃、一通のメッセージが届いた。
配達員さんからだった。
「申し訳ありません。店舗が大変混雑しております。このままですとかなりお時間をいただく可能性があります。よろしければキャンセルをご検討ください。」
正直、少し驚いた。
でも腹は立たなかった。
むしろ律儀な人だなと思った。
だって普通なら何も言わずに待たせることだってできるはずだ。
わざわざ状況を説明してくれている。
だから私は低評価どころか、「大変なんだな」と同情した。
ただ、一つだけ気になった。
もし配達員さんからキャンセルを勧められてキャンセルする場合、料金はどうなるんだろう。
そこでUberのカスタマーサポートを開いた。
そして地獄が始まった。
私は聞いた。
「キャンセルする場合、キャンセル料は発生しますか?」
するとAIは即答した。
「はい。キャンセル料は1920円です。」
なるほど。
ここまではいい。
問題は次だ。
私はさらに聞いた。
「配達員からキャンセルを勧められた場合でも発生しますか?」
すると返ってきた答えは、
「商品受け取り後に異議申し立てをしてください。」
だった。
いや、違う。
そうじゃない。
私はまだ受け取っていない。
今キャンセルするか悩んでいるのだ。
そこで私はもう一度説明した。
「受け取り後の話ではありません。こちらに落ち度がない場合でもキャンセル料は発生するんですか?」
AI。
「はい。キャンセルですね。キャンセル料は1920円です。」
私はスマホを見つめた。
そして思った。
こいつ、人の話を聞いてない。
いや、人ですらない。
完全に会話が成立していない。
それでも諦めずに聞いた。
「つまりどんな事情でも1920円払うという理解でいいんですね?」
するとAIはこう答えた。
「問題ありません。他にご質問はありますか?」
私は吹き出した。
問題しかないだろ。
今まさにその問題について話しているんだ。
「他に質問はありますか?」じゃない。
今の質問に答えてくれ。
だが何度やり取りしても結果は同じだった。
1920円。
1920円。
1920円。
もはや会話ではなく呪文だった。
最終的に私は諦めた。
これ以上話しても埒が明かない。
そこで配達員さんへ連絡した。
「キャンセル料がかかるみたいなので、そのまま待ちます。事情は理解していますので低評価はしません。
」
すると数秒後。
「ありがとうございます。本当に助かります。」
という返事が届いた。
その一文を見た瞬間、なんだか複雑な気持ちになった。
長時間並ばされているのはこの人だ。
怒られる可能性があるのもこの人だ。
低評価を受けるのもこの人だ。
なのに一番まともに会話できるのもこの人だった。
結局私は一時間以上待った。
ようやく玄関のチャイムが鳴り、配達員さんが現れた。
開口一番、
「大変お待たせして申し訳ありませんでした。」
と深々と頭を下げた。
私は笑いながら、
「いやいや、本当にお疲れ様でした。」
と返した。
配達員さんはホッとしたような顔をして帰っていった。
そして私は念願のバーガーを手に入れた。
長かった。
本当に長かった。
ようやく食べられる。
そう思って包装紙を開いたその時だった。
スマホが震えた。
見るとUberから通知が届いている。
何だろうと思って開いてみる。
そこに表示されていた文章を見た瞬間、私は思わず声を出して笑ってしまった。
「今回のサポートにご満足いただけましたか?」
満足。
不満。
二つのボタンが並んでいる。
私はしばらく画面を見つめた。
そしてさっきまでのやり取りを思い出した。
私は質問した。
AIは1920円。
私は説明した。
AIは1920円。
私は確認した。
AIは1920円。
もはや会話の九割が1920円だった。
そんな相手が今さら満足度調査を送ってきている。
もしかするとAIの中では、完璧なサポートが完了したことになっているのかもしれない。
結局その日、私が一番感謝したのは配達員さんだった。
一番腹が立ったのはAIだった。
そして一番笑ったのは、
そのAI自身が送ってきた満足度アンケートだった。
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