僕の父は、家の中ではまるで王様のような人だった。
自分の意見が通らないと機嫌を損ね、家族が口答えすれば、決まってこの一言で話を打ち切る。
「俺の言うことが聞けないのか!」
低く威圧的なその声を出されると、母も僕も、それ以上は何も言えなくなる。夕食の席でさえ、父の機嫌ひとつで空気が凍りついた。
「口ごたえするな」
そう言われて育った僕は、いつの間にか自分の意見を飲み込む癖がついていた。父が高圧的であるほど、家族は小さくなるしかなかったのだ。
就職して家を出た日、僕は心の底からせいせいした。もう、あの張りつめた声を毎日聞かずに済むのだと。
それから間もなく、母から父の入院を知らされた。
幸い、見つかったのは手術で取り除ける軽いもので、三日ほど入院すれば退院できるという。深刻な病気ではないと聞いて、まずは胸をなでおろした。
とはいえ、相手はあの父だ。
病室でもきっと、偉そうにあれこれ指図しているのだろう。看護師さんに無理を言って怒鳴りつけ、あとで頭を下げて回るのは、いつものように僕と母の役目になるに違いない。
(どうせベッドの上でも威張り散らしているんだろうな)
そう身構えながら、僕は病室のドアをそっと開けた。だが、そこにいたのは、まったくの別人だった。
父はやつれた顔で、ベッドの上に縮こまるように横たわっていた。いつもの大きな声も、鋭い目つきも、すっかり影をひそめている。
僕を見つけると、父はか細い声でつぶやいた。
「もうダメかも」
思わず耳を疑った。手術で数日入院するだけの、命に関わらない病気だ。
それなのに、まるで今生の別れでも迎えるかのように、父はしおれきっている。
あれほど「聞けないのか」と僕らを従わせてきた人が、たった三日の入院で、これほど心細そうな弱音を吐くのか。込み上げる笑いを、僕は必死で押し殺した。
「心配ないよ。すぐ帰れるって」
僕がそう声をかけると、父はすがるような目で、こくりとうなずいた。まるで立場が入れ替わってしまったみたいだった。
結局、手術はあっけないほど順調に終わり、父はまた元の調子を取り戻した。今もあの大きな声は健在だ。
それでも、たった三日でしおれきったあの姿を見てしまった僕は、もう父を前ほど恐ろしいとは思わない。
誰よりも強がっていた人が、誰よりも弱かった。そのことを知ってから、僕の肩の荷はずいぶん軽くなった。
引用元:,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]