「別にいいでしょ、空いてるんだから」
目の前の持ち主は笑いながらそう言った。
私は目を丸くした。
白いスーツケースが2個と黒いバックパック――前の座席に置かれ、通路もほぼ塞がれている。
さらに驚くことに、持ち主はスマホに夢中で片付ける気配は全くない。
私の座席から通路を通って隣の荷物を取り出すことも、歩くこともほぼ不可能だ。
「……は?」
思わず小声でつぶやく。
いきなり現れたこの無神経さに、思考が一瞬止まった。
ただ立って見ている他の乗客もいるが、誰も声をかけない。見て見ぬふりだ。
私は深呼吸して冷静になろうとした。
怒鳴ったりせず、まずは現状を記録する。
スマホを取り出し、前方のスーツケースの位置、通路の幅、散乱する小物を写真に収める。
これで後で説明できる証拠は揃った。
「すみません、通路が使えません。荷物をどけていただけますか?」
声をかけたが、持ち主は再び肩をすくめ、スマホの画面に視線を戻した。
隣のバックパックの持ち主も同じく無関心で、通路に立つ乗客はスマホに夢中。
このままでは列車の移動中にストレスだけが増えていく。
仕方なく、私は車掌を呼ぶことにした。
「すみません、前の座席に置かれた荷物が通路を塞いでおり、持ち主が片付けません」
車掌は状況を確認すると、すぐに表情を引き締めた。
「通路ですか?座席も塞がれているのですね」
「はい、前の座席も使えず、通路もほぼ通れません」
車掌は少し間を置いて、落ち着いた声でアナウンスを流す。
「前の座席に置かれた荷物の持ち主の方、至急対応をお願いします」
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