土曜の夕方。
イオンの食品売り場は、家族連れでごった返していた。
私は夕飯の買い出しをしながら、アイスコーナーへ向かった。
すると、その瞬間だった。
「え……?」
思わず足が止まった。
冷凍ケースの中に、買い物カゴが丸ごと突っ込まれていたんだ。
しかも、普通に商品が入ってる。
飲み物。お菓子。惣菜。
そのまま、アイスの上へドン。
私は一瞬、意味が分からなかった。
近くにいた子どもも、「ママ、あれいいの?」と聞いている。
でも、当の本人――
50代くらいの女性は、まるで何事もない顔でアイスを選び続けていた。
しかも、カゴを冷凍ケースの中へ押し込みながら。
正直、鳥肌が立った。
買い物カゴって、みんなが触るものだ。
地面にも置く。
色んな商品も入れる。
そんなものを、食品の上に入れる?
しかもアイスって、直接口に入るものだ。
私は思わず声をかけた。
「すみません……それ、ちょっと……」
すると女性は、面倒くさそうにこちらを見た。
「は?」
「アイス溶けるじゃない」
いや、そういう問題じゃない。
でも女性は続けた。
「別に汚れてないでしょ?」
周囲が静まり返る。
近くにいた高校生くらいの女の子も、明らかに引いていた。
私は言葉を失った。
すると女性は、さらに信じられないことを言った。
「こういう細かい人、最近多いよねぇ」
……細かい?
衛生の話だぞ?
しかもその時。
女性のカゴの底から、土のついたネギが見えた。
私は完全に無理だった。
すぐ近くの店員さんを呼びに行った。
若い女性店員だった。
事情を聞いた店員さんは、すぐに顔色が変わった。
そして冷静に言った。
「申し訳ございません、カゴをケース内へ入れるのはご遠慮いただいております」
だが女性は、露骨に不機嫌になった。
「え?じゃあどうやって選べって言うの?」
「溶けたら責任取るの?」
店員さんは、必死に頭を下げる。
周囲の空気も最悪だった。
でも女性は止まらない。
「客なんだからそれくらいいいでしょ?」
その時だった。
奥から、店長らしき男性が来た。
年配の、かなり落ち着いた人だった。
店長はケースを見るなり、一瞬だけ表情を変えた。
そして静かに言った。
「こちらの商品、一度全て確認いたします」
女性が眉をひそめる。
「は?」
店長は続けた。
「お客様のカゴが商品へ接触しておりますので、衛生確認のため一部商品を下げさせていただきます」
その瞬間。
周囲がざわついた。
女性も焦った顔になる。
店長はさらに、周囲の客へ向かって頭を下げた。
「ご不快な思いをさせ、申し訳ございません」
その空気で、完全に流れが変わった。
さっきまで「何が悪いの?」と言っていた女性が、今度は急に小声になる。
「……そこまでしなくても」
でももう遅い。
周囲の視線が、完全に女性へ集まっていた。
小さな子ども連れのお母さんなんて、明らかに距離を取っていた。
女性は急いでカゴを持ち、レジへ逃げるように去っていった。
誰とも目を合わせずに。
その後、店員さんたちは冷凍ケースを消毒していた。
私はその姿を見ながら、なんとも言えない気持ちになった。
最近、本当に増えた気がする。
「これくらい平気」で済ませる人。
でも、その“これくらい”を、誰かが後始末してるんだ。
頭を下げて、掃除して、商品を下げて、クレーム対応して。
全部、店側が被ってる。
なのに、迷惑かけた本人だけは、最後まで「大げさ」みたいな顔をしている。
だからこそ。
あの日、店長が周囲の前で、ちゃんと“問題”として扱ってくれたのが、少し救いだった。
ルールって、厳しいからあるんじゃない。
“普通の人が安心して過ごすため”にあるんだと思った。