「そこ、座ります?」
たった一言で、新幹線の空気が凍った。
20時過ぎ。新横浜発のこだま自由席。
連休最終日だったせいか、車内はほぼ満席だった。
空いているのは、三列席の“真ん中”だけ。
でも、その真ん中席に――誰も座れない空気が漂っていた。
原因は、斜め前に座っていた60代くらいの女性二人組だった。
窓側と通路側に座り、缶ビールと弁当を広げ、完全に“宴会モード”。
ここまではまだいい。
問題はその先だった。
誰も座っていない真ん中席のテーブルまで下げ、そこにも荷物や食べ物を広げていたのだ。
つまり、三人席を実質“二人で占領”。
しかも声が大きい。
「最近の若い子ってさ〜」「ほんと常識ないわよね〜」
周囲に聞こえるレベルで延々と喋っている。
何人か乗客が来た。
でも真ん中席を見るたび、一瞬立ち止まり、結局別車両へ移動していった。
そりゃそうだ。
知らないおばさん二人の間に、「すみません」って割って入るの、かなり勇気がいる。
しかも、テーブルまで使われていたら、完全に“座るな圧”だ。
私は通路側で立ちながら、その様子を見ていた。
すると、小さな子どもを連れた母親が入ってきた。
かなり疲れている。
子どもは眠そうにしていて、何度も「ママ、つかれた」と言っていた。
でも、三列席の真ん中を見ると、母親は小さく苦笑いして、別車両へ向かおうとした。
その瞬間。
なぜか、ものすごく腹が立った。
席は空いている。
でも、“空気”で塞がれている。
しかも、本人たちは悪いと思っていない。
私は女性二人の前で止まり、笑顔で言った。
「そこ、座りますね」
二人が固まった。
「えっ……?」
私はそのまま、真ん中席の前に立つ。
「テーブル、 上げてもいいですか?」
周囲の空気が変わった。
おばさん二人は、露骨に嫌そうな顔をした。
でも、断れない。
だって、席は空いているのだから。
女性の一人が、ムスッとしながら荷物をどけた。
私は静かにテーブルを戻し、席に座った。
すると――
さっきまで大声だった二人が、急に静かになった。
あれだけ響いていた笑い声も止まり、気まずそうに缶ビールを飲み始める。
周囲の乗客が、少しだけこちらを見ていた。
中には、明らかにホッとした顔をしている人もいた。
数分後。
さっきの親子が戻ってきた。
別車両も満席だったのだろう。
すると、私の隣に立っていた男性が、スッと席を立った。
「どうぞ」
母親が驚く。
「えっ、でも……」
「大丈夫ですよ」
子どもは嬉しそうに座った。
その瞬間だった。
通路側のおばさんが、ボソッと言った。
「別にそこまでしなくても……」
すると、後ろの席から低い声が飛んだ。
「じゃあ最初から 席空けとけばよかったんじゃないですか?」
空気が止まった。
言ったのは、ずっと新聞を読んでいた年配の男性だった。
「自由席って、 荷物の席じゃないですよ」
静かな声だった。
でも、車内全員に聞こえた。
おばさん二人は、完全に黙った。
それから東京に着くまで、二人は一度も大声で喋らなかった。
私は窓の外を見ながら思った。
日本って、こういう“空気の占領”が多すぎる。
直接「ダメ」とは言わない。
でも、圧だけで人を追い出す。
そして、優しい人ほど遠慮して、図々しい人だけが得をする。
だから時々、誰かが普通の顔で、
「そこ、座りますね」
って言うことが、必要なんだと思った。